第5話 後輩

「よ~し。今日のホームルームはここまでだ」


 担任の締めの言葉で帰りのホームルームが終了する。


 弾けるように教室が生徒達の騒がしい声で溢れる。


 影人にとって長い長い学校が終了する。ようやく一息つける。


 帰りの支度を高速で済ませ、誰よりも速く教室を退出する。授業を受ける以外に教室に身を置く理由は無い。


 生徒達の会話で騒々しい廊下を無言で通り過ぎ、階段を降りる。


 3階から1階に移動し、昇降口に向かう。


 上履きから靴に履き替える。


 学校から逃げるように昇降口を抜けに掛かる。


「あ! 誰かと思えば先輩じゃないですか」


 昇降口を抜ける直前。上下青色のジャージ姿の女子生徒が影人に声を掛ける。女子生徒は手洗い場で部活用のドリンクを作っていた。


「…村井か」


 進めていた足を止め、影人は女子生徒の名字をボソッと呟く。


 村井理子むらい りこ。女子生徒のフルネームだ。


 肩に軽く掛かるクリーム色のボブヘア、オレンジ色の瞳。日本人離れした純白の肌が特に際立つ。


 童顔な顔立ちな上、キレイさも併せ持つ。玲央奈の上位互換とも言える。


 中学時代に影人が所属していたバスケ部の後輩マネージャーであり、現在は女子バスケ部のマネージャーである。


「何か冷たいですね。以前までと態度も口調も違う感じもします」


 影人の変化した態度に直面し、怪訝な顔を浮かべる理子。


「ふっ」


 だが、不思議とすぐに笑みを漏らした。


「何がおかしい? 」


 理子の笑みが気に入らず、影人は明らかに顔をしかめる。不機嫌さが漂う。


「失礼。初めて先輩の本性にお目に掛かれた感じがしまして。何か嬉しくて。あたしって変人ですよね。ごめんなさい」


「俺の本性? 何を言っている。それに俺と村井は親しい間柄ではなかっただろ。俺の性格なんて想像もつかないはずだ」


「そうかもしれませんね。でも以前より魅力的ですよ。断然に」


「何が言いたい」


「強い人に媚びてヘコヘコしてた先輩よりは今の方がマシということです。あたしもマネージャーの仕事が沢山残っているので、この辺で失礼します」


 仕事が有るからと、理子は強引に話を切り上げる。


 用意し終えたドリンクをカゴに詰め、運び始める。


「今の方がマシとは面白いことを言うね。嫌いになる要素しかないだろ」


 皮肉を込めて反論する影人。


「ほとんどの人はそう思うでしょうね。でも、あたしは違いますから。またお会いした時に話しましょ。またねです」


 ひらひらと笑顔で手を振り、理子は手洗い場を離れた。


「あたしは違うか。人間みんな同じ考え方だろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る