第5話ー⑧「魔法」

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  5時過ぎの夏祭り会場付近


 そう思っていたのは、人通りが無い場所だった。 歩けば歩く程、増えて来る人、人、人の数に私たちは圧倒されていた。 5時とはいえ、湿気を帯びた暑さが体に張り付いていた。


 「やば、これはやばいなぁ」


 「よし、帰ろう。これは無理だわ。花火、楽しかったなぁ」


 ガツンと腕を握る暁の圧に私は勝てなかった。


 「まだ、何もやってないでしょ?あたしは焼き鳥を食べるの!あと、綿あめも!クレープとかも」


 「おい、さっきの話はどうした。肉体維持の話、嘘なんか」


 「だって、お祭りだよ!食べなきゃ損じゃん。妃夜の」


 「私帰るね。皆に連絡しよ。ここに金を忘れて、高って来るハイエナがいるって」


 「やめろやめろ。ごめんごめんって」 

 暁は手を放した。 こいつ、本気なんじゃと疑ってしまった。


 「じゃあ、代わりに手をつなぐか!」


 「人の話聴いてた?」


 「迷子になったら、どうするの!」


 「そうだけど・・・」


 「逃げられたら、困るし!」


 私は暁の汗ばんだ湿った左手を見つめた。


 考えてみると人に触れるだけで、吐きそうなのに、ゴミのような人の群れに突っ込むなんて、正気の沙汰では無かった。 

 それでも、こんな私の為に手を出してくれた人の思いに答えずにはいられなかった。


 そして、私は暁の差し伸べた左手を握っていた。


 ふふんと鼻を鳴らした彼女の手を握り、人混みの方へと進んでいった。 

 生暖かく、汗ばんだ左手に対する不快感はある。 

 だが、何故か、嫌な気持ちにはならなかった。


 「ムリしないでよ。せめて、焼き鳥までは」


 「なんで、焼き鳥を食べる前提なんだよ」


 「お腹空いてるから」


 「あっ、そう」


 「妃夜は何食べるの?」


 「分からん、夏祭り来たこと無いから」


 「そうなの!そんなわけ」 

 心から驚く暁の姿に、私は少しばかり、動揺した。


 「そんなに驚かなくても」


 「そうだよね。今日も勇気を持って、此処まで来たんだからね。偉い偉い」


 「言葉に感情がこもってないぞ」


 「そんなことはないし」


 「昔は来たことがあるかもしれない。だけど、覚えてないの」


 「そんなもんだよねぇ。あたしも昔はちょくちょく迷子になってたなぁ」


 「だろうね」


 「決めつけるなよぉ」


 「そう言って来たのは、あんたでしょうが」


 「ふふふ、今度は海に行きたいなぁ」


 「絶対イヤ」


 「えぇ~」


 夏祭りの熱気の喧騒の中、私たちはくだらない会話に終始する。 

 いつもなら、不快に思える人混みも、触れて来る人波も、あなたといると何故か、そういうのも悪くないと思えたんだ。 

 夕方だと言うのに、冷めぬ暑さも、エンドレスに流れ続けるBGMも、意味のない会話をするこの時間も、きっと、何かの糧になる。 

 今はただ、この魔法が解けないことを祈るばかりだった。


 普通じゃない私は神様に祈る位しか出来ないけれど。


 「あっ、焼き鳥だ!食べようぜ」


 「あたしのお金ってこと、忘れてない?」

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