第5話ー⑤「魔法」
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夏祭り当日の午後2時。 私は暁家に向かっていた。 水色のドット柄の浴衣を着て、母親に送迎して貰うことになった。 最初は、浴衣なんて、恥ずかしいと思ったが、白夜姉さんに似合うからと言われ、お古を貸して貰うことになった。
車から降りて、母親から手渡されたお土産と体操着を背に、私は暁家に到着した。
「お邪魔します」
「ようこそ、妃夜!って、浴衣!いいじゃん、可愛いよ」
暁は紺色の甚平を着ていた。 足下がとても強調されたスタイルに、着ている人が違うだけで、こんなに違うのかと心底、痛感した。
「あの、親御さんにこれをと」
「ごめんね、かーちゃん、今寝てるんだ。夏休み貰っててさ」
「お父さんは?」
「とーちゃんは、トラックドライバーなんだ。今日も仕事。家にいる時間は少ないんだけどね」
「そうですか。体操服とお礼のプリンです」
「ありがとう。これ、美味しいヤツじゃん、サンキュー!」
暁は瞳を輝かせながら、プリンと体操服を受け取った。
「あの、お邪魔します」
「あがって、あがって」
「とりあえず、これから、どうするの?」
「んー、今は暑いから、夕方に行こうと思うんだけど、いいかな?」
「いいけど、それまでは何するの?」
「勉強だけど?」
プリンを冷蔵庫に置く為、台所に向かっていた暁の言葉に私は耳を疑った。
「はっ?」
「そんなに驚かなくてもいいじゃん。妃夜先生もいるのに、教えて貰いたいじゃん。これが終わったら、〇〇大会とか、全国とか、忙しくなるからさ」
「ごめん、今日はそういう気分じゃ・・・」
「冗談だよ、冗談。ごめんね、今日は違うよね」
私は冷蔵庫にプリンを入れる暁の背を見つめていた。
「よしっと」
プリンを入れ終え、暁は振り向いた。
「じゃあ、ゲームしよう!」
「いや、やったこと無いんで、パス。ゲーム酔いするから、苦手」
「そっかぁ。しゃあないなぁ。じゃあ、部屋行こうか」
「他の人は?」
「にーちゃんは、友達と出かけた。涼は彼女とデート・・・。遥はクラブの皆でってカンジ」
何で、二番目の弟さんと思われる彼だけ、トーンが下がったのだろう。
「今は寝てるかーちゃん以外はあたしと妃夜だけ」
いわば、女性が3人という現状。実質、2人だけの現状に私の鼓動は誰よりも、速かった。
「みんなは誘わなくて」
妃夜は、私の唇付近に人差し指を近づけ、黙らせようとする素振りを見せた。
「今日は2人だけって、約束しただろ。他の人のこと、どうでもよくない?」
これが本心なのか、何なのか。私は何をさせられているのか、判断に困った。 人差し指を放し、暁は冷蔵庫から、麦茶を取り出していた。
「じゃあ、2人でプリンを肴に語り明かすか」
「なんで?」
「だったら、勉強する?」
「分かった。少し座るね」
私は暁家の食堂の椅子に座り、暁と語らうことにした。
暁は並々いっぱいにお茶をグラスにそそぎ、私のいる場所に置いた。
「入れすぎ。あと、プリンはいらない。暁家の皆さんで食べて」
「いいの?じゃあ、遠慮なく」
羨ましいという気持ちが無いわけではない。
ただ、ちょっと食べたいと言う気持ちはある。この店のプリンは・・・。
「本当は食べたいの?」
「そ、そういうわけじゃ・・・」
「やっぱり、あげるよ、妃夜に」
「何で?」
「あんまり、糖分は取りたくなくてさ」
こういう時、暁はプロのアスリートみたいと思う時がある。
「チートデイはあるよ。それ位のガス抜きはしないとね。でも、妃夜の今にも、食べたそうな顔みたら・・・ね」
「い、今はいい。本当は食べたいけど、やっぱり冷えたヤツが食べたいから」
「まぁ、覚えてたらね」
暁も自分の麦茶を注いだ。
「じゃあ、乾杯」
「それやったら、零れるからやめて」
「バレた?」
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