第3話ー⑤「ヒーロー」

 昼休み前、いつものように、弁当を食べようとすると制服姿の暁が私の前の席の生徒から、許可を貰い、一緒にご飯を食べようとしていた。


 「さも平然とご飯を食べようとしないで」


 「だって、妃夜と最近、全然会話してないからさ」


 「あんたが〇INEすればいいだけじゃない」


 「あんなもんで、気持ちは乗らないよ。やっぱり、言葉は近くでないと伝わらないよ」


 「本当にあんた、今時の人?」


 私は弁当に入った卵焼きに手を伸ばした。


 「それ、美味しそう。食べていい?あたしのと交換しよ」


 「嫌だ。渡り箸されるのは本当に嫌」


 「いや、そっちがこの蓋に置けばいいじゃん」


 暁は弁当箱の蓋を私の方に置いて来た。


 「あげるとは言ってない」


 私は卵焼きを口に運び、咀嚼していた。


 「それ、誰が作ってるの?あたしは自分で作ってるんだ。すごいでしょ!」


 私はすぐに言葉が出てこなかった。もしかして、ネグレクト? 

 それを聞くには、流石に勇気が出てこなかった。


 「親、忙しい方なの?」


 「それもあるけど、夜遅くなるし、後、料理が超苦手で、弁当とか作るのが嫌なかーちゃんでさ。あたしが好きで作ってるの。たまににーちゃんが作る時もあるんだけどね」


 今時、かーちゃん呼びの母親の呼称をするこの人は過去からタイムスリップでもしたのではないだろうか? 

 私は話題を変えようと頭を回した。


 「いいの?いつもの相方を無視して」


 「今日はオフなの。それにアイツだって」


 「呼んだ?」


 魔法の呪文を唱えるように、暁の相方は姿を現した。


 「アタシとの飯はどうした」


 「たまには妃夜と食べたいの。ボッチ飯してろ」


 「ちっ・・・」


 暁はこの人に対して、いつもフランクだ。少し羨ましい。 


 「ボッチ飯・・・、友達いないんだ・・・。はっ・・・」


 私の自然な言葉に、相方さんは私を睨みつけながら、ボソッと呟いた。


 「友達はこいつだけでいい。こいつは誰よりも信用出来る」


 相方さんは真っ直ぐな言葉を残し、その場を後にした。 暁は大声で笑いを堪えていた。


 「はははははははは。妃夜、最高。〇にそう言えるのは妃夜だけだよ。最高にウケる。アイツのあんな顔久しぶりに観た。ははははは」


 「ごめんなさい。傷ついたかな?」


 「傷ついてはないと思うけど、あれ位が良い薬。友達作ればいいのにね」


 「そ、そうだね・・・」


 私には暁がいるが、彼女にとっても、暁は大切な友達なのだろう。 

 友達だから、あんなぞんざいな扱いをするのだろうか。 

 咀嚼する彼女を見ながら、私にもそんな時期があったのだろうかと思考していた。


 「なんで、眼鏡外さないの?」


 「それ、今聴く?」


 「あんなに可愛いのに」


 この女はどうにも、デリカシーというか、プライバシーというか、そういう意識が欠如している時がある。それが良いように働く時もあるが、大抵は悪い方にしか作用しないことが殆どに思える。


 「見えてるんでしょ?眼鏡無くても。っていうか、それ伊達?」


 「そうだけど、何か悪い?」


 一応、レンズは入っている伊達眼鏡だが、どうしてわかったのとかは、聴きたくなかった。


 「やっぱり、おしゃれ?」


 うぐっと声にならない声が反射的に出てしまった。


 「おしゃれではないです」


 「じゃあ、何なのさ」


 「私、目が良いの。昔から、嫌なことばかりに目が付くの」


 「眼鏡って、そういう物じゃないの。目が悪いから、掛ける物じゃないの」


 食べながら、話しかける真理を突いた暁の言葉に逡巡しながらも、私は頭を回し、言葉を繋いだ。


 「目を矯正してるつもりなの。嫌なことが見えることを矯正してるつもり。自己暗示みたいなもの」


 じこあんじ?と見るからに分かっていない表情の彼女に私はため息をついた。


 「まぁ、思い込みよ、思い込み。眼鏡を掛けることで、見えない物を見ないように、矯正してるつもりなの。そうすることで、見たくない物を見ないようにしてるだけ」


 私の思考の末、引き出した言葉に、暁は一度、間髪入れず言葉を発した。


 「ふーん。つまり、あれだ。俺の魔眼を封じてる設定だ!」


 「茶化さないで。私は真剣に悩んでるの」


 「茶化してないよ。そういうの羨ましいなって」


 「こんなバカみたいな話の何処が羨ましいの?」


 「だって、ほら、そういうのって、ヒーローみたいじゃん」


 こいつの思考がたまに分からん時がある。本当に何言いだすんだか。


 「凄まじい力過ぎて、コントロール出来てないんだよ。今はそれをコントロールする為の修行してるんだね」


 「そんなつもりは」


 「それで、その時が来たら、眼鏡を外して、悪と立ち向かうんだよ。たぶん!」


 暁の素っ頓狂とも思える言葉に、私は言葉がすぐには思い浮かばなかった。


 「今はその時じゃないんだよ。その時が来たら、きっと、最強だね。もしも、その時が来たら、私を助けてね」


 ごちそうさまでしたと言って、彼女は弁当を片付け、カバンに入れて、その場を後にして行った。


 私はヒーローでも無ければ、悪人でもない。ただの通行人Bだ。 

 私の誰にも話してない、話すつもりも無かった話を彼女は、受け入れてくれた。 けれど、彼女はそんな馬鹿話を受け入れてくれた。今がその時じゃないことを彼女も分かってくれたのだ。


 いつか、私はあなたを救えるようなヒーローになれるのだろうか。


 「そんなこと言える、あなたが、私のヒーローだよ」

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