第三話 前奏

小和を、獣人教育施設に預けて3年。歩き方に始まり算数・数学・社会・理科・歴史・国語、様々な知識を叩き込まれているはずだ。その間に僕は、新たな生物を研究していた。

【コユリスライム】。奴等を殺すための最終兵器。回転草も鰯も、共通してある問題点がある。それは、がんに弱いということ。細胞分裂の速度が非常に高速な彼らは、がんが発生するとほぼ即座とも言える時間で死滅する。であるが故に、このコユリスライムは、両者の細胞のコピーミスを誘発する因子を持って、敢えて食べさせる。奴等にはまだ人間レベルの知能はない。スライムを見ても食べ物としか分からないはずだ。ということで、奴等に食われても、奴等を食っても、どちらにしろ奴等を減らせる。

そしてこれに、プルトニウムを摂取させれば、核分裂エネルギーでほぼ無限と言っても良いほど増殖する対生物弾の完成だ。さらに、零下100℃付近でしか長時間活動出来ないという制約を付ける。これを発射できる兵器を、防衛省防衛装備庁に開発を密かに依頼、そしてこのコユリスライムの大量生成の為に、核燃料最終処分場からプルトニウムを大量に輸送してもらう。



たった3年でも、世界は変わる。国の数は半分以下に減り、一部陸生化したスイイワシによって有数の軍事大国であったユーラシア連合が崩壊した。幸い北米合衆国とヨーロッパ連合、大砂海同盟連邦は生き残り、日本も自衛隊の必死の抵抗で沖縄と佐渡島、五島列島、対馬、屋久島など様々な諸島を失ったものの、本州を含む日本四島への上陸は防いでいた。

「我々としても、対馬奪還は半島救出のためにもぜひお願いしたいと思ってたんです。」

黒縁の丸メガネをかけた銀髪碧眼の武人が言う。彼女は松陵〔まつかど〕九華〔きゅうか〕三等陸佐。陸上自衛隊の第三一七特殊急襲大隊の大隊長だ。

「我々特急(特殊急襲大隊の略称)は各地で離島奪還のために奮闘してきたわけですが、昨年の沖縄戦しかり、一昨年の対馬戦しかり、今年の春の佐渡島戦しかり、白星を上げた経験がほとんどありません。88もあった特急も残存部隊は24だけ。通常師団も侵攻当初の絶大な国民支持の揺らぎから、士気にも無視できない悪影響がある。

ここで、やり返してやりたいのです。あのクソイワシと回転草共に、創造主たる貴方の、怒りの鉄槌を、必ずや我らの手で下して見せます。」

松陵三佐は、拳を震わせながら誓いを立てる。彼女は、沖縄戦の英雄。現地の師団幕僚長として、民間人救出のための時間稼ぎに、独断で現地の米軍と協議、戦略原子力潜水艦による核弾頭攻撃に踏み切らせ、その後の残留部隊撤退戦を指揮した、戦場の女神だ。

もちろん国内からの批判は多く、戦功に比して待っていたのは異動の二文字だけ。

でもそんなことは関係ない。その目には、僕と同じ、地獄への復讐の火が灯っていた。

「三佐。僕が聞きたいのは理屈や道理じゃない。あなたの返事だ。僕はこれから、あの地獄を本物の地獄にかえにいく。その地獄に骨を埋める覚悟はあるかい?」

「…当然です!小官のこの悔恨を、憎悪を、対馬を焰獄に変える燃料にできるなら!」

…僕は、柄にもなく悪い笑顔を浮かべていた。



「それで?だからって戦場に行く理由にはならないと思うけどな!」

と、打ち合わせを終えて総科研に帰った僕は、同僚たちから責めの視線を向けられていた。

「とは言っても、僕の創った子たちを倒しに行くんだ。僕が行かない理由はないよ。」

そんな道理が通じる相手じゃない。分かってはいても、言い訳しなければならないんだ。

「……どうして、そんなに復讐に必死になるんですかぁ?」

彩夏が、頬を膨らませながら問う。

「僕は、彼らがこの僕の手中から離れたことが許せないんだよ。星恵の連中も許せないけれど、それ以上に、僕の名を分けられたというのに僕に逆らう奴等が許せない。そしてそれ以上に、『僕自身が許せない』っ!」

どん、と机を叩いて見せる。こうも感情的になるのは久しぶりな気がする。鬱の間は、ただただ死んだように日々を過ごしているだけだったから、生きているってことを実感できるこの感覚、そして小指の横にじんじんと来る痛み、素晴らしいと改めて感じる。

「だからって、お前だけが行く道理もねぇだろ?」

……流れが変わったな。

「そうだよ!僕らも行く。総科研の皆の無念は、僕ら生き残った皆が晴らすべきさ!」

否定しようとして、否定できない。僕の悪いところだ。自分の言いだした道理は、決して自分で否定できない。芯を曲げないって言えば、良い風に感じられるんだけれどもね。

「そうですよぉ~。私も行きます。もう、一人にはしたくないから。」

……僕は甘いな。

「分かった。作戦開始日は4月13日、目標は対馬の奪還。また防衛省に行くから、その時に説明してもらおう。」



僕は総科研からの帰りに、久し振りに小和に会いに行った。預けた獣人教育施設は、防衛省の運営する戦闘用獣人教育施設。基礎教育はもちろんのこと、主人や家を守るための戦闘能力を身につけさせている。

「ご主人様!」

抱き着いて来るその姿は、生まれたときと何も変わらない。だが、その抱き着きは人並みの高さにやってくる。

「久し振り。どうだい調子は。」

と言うと、小和はくるくると回った。

「この身体、とっても凄いんすよ!」

ぴょんぴょんと飛び回る。四つ足で駆け回ったり、バク転したり、とても楽しそうだ。

「犬の頃よりずっと頭が回るっすし、動くのも何倍も速いっす!」

…そりゃあそうだ。その身体、その脳は、僕の同僚で1番の実力者の物なんだから。

「ご主人、お迎えに来てくれたってことは、やるんっすよね?」

小和は僕の顔を伺う。可愛らしいわんこをわしゃわしゃ撫でながら、僕は頷く。

「前奏は終わった。これから、鎮魂歌を奏でよう。」

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