38 決断

「俺はユミさんという人をブロックしていた。彼女に連絡を取って、過去の俺が話していたことと、ジュノが話していたことが食い違っていたことが発端だったよ」


 それから、ジュノの部屋をあさって証拠品を手に入れたこと。自分の部屋のアルバムを確認したこと。マスターに吐かせたこと。それらを話していった。

 俺たちの本当の出会いは、焼肉屋でもなかった。ショットバーでもなかった。そこから導き出される結論は。


「ジュノは……他人の記憶を消せるね? 俺に対しては、最低でも二回消しているはずだ」

「……そう。そこまでわかっちゃったか」

「認めるんだね?」

「認めるよ。僕は他人の目を見ることで、指定した範囲の記憶を消せる」

「消したのは、去年の六月一日と今年の一月一日。そうだね?」

「そうだよ。ここからは、メイの推理にはないかもしれない。メイは記憶を戻す能力を持っている」

「俺が……?」


 ジュノによると、俺は鏡を見て願ったことで、一度記憶を取り戻したらしい。そして、記憶を消すよう迫ったのだとか。


「一回目に消した時はワンナイトの相手だったっていう設定で。二回目は、恋人だったっていう設定」

「まんまと騙されたね」

「ブロック欄までは気が回らなかったな。失敗だ。メイの身分証と鍵を残しておいたのは万一のためだったけど、隠し方が甘かったか。マスターにも追加で金渡すんだったな……」


 ジュノは完全に開き直っている。こちらが本来の姿なのだろう。


「おかしいとは思ってた。料理のやり方は忘れてなかったのに、セックスは忘れてた」

「ああ……それはさ。新鮮な反応見たかったから。童貞って、記憶の上でも有効だと思うんだよね。三回、奪わせてもらったよ」

「この……鬼畜っ……」


 高ぶる熱を冷まさねばならない。クールにならなければ、この男と渡り合えない。手をあげてしまえばこちらの負けだ。


「ジュノは……ジュノはさ、そんな形で弟のこと手に入れて、満足だったの……?」

「うん。僕は近親の背徳感とかないけどさ。メイはそれが強いみたいだったから。他人でないと恋人にはなれないと思ったんだよ」

「いつから、そんなこと考えてたの……?」

「物心ついた時には。セックスしたいって思うようになったのは精通してからかなぁ。まあ、そんな自分が普通じゃないとはちゃんとわかってたんだけど。神様からこんな便利な能力授かったでしょ? 使わない手はないと思って」


 そして、最も確かめたかったことを尋ねた。


「ジュノ。また、俺の記憶を消すつもりだね?」

「……当然。その方が、メイにとっても幸せなんじゃないかな。僕、言ったよね。メイが何回記憶を失くしても、その度にやり直すって」

「あの言葉は……そういう意味だったんだ……」

「どのみち、メイは塗装の仕事を離れてけっこう経ってる。僕に養われて生きる方が楽だと思うよ。それに……兄弟で交わったっていう事実は覆らないんだからね?」


 そして、最後の確認をした。


「ジュノ。記憶を消すには目を見る必要があるんだね?」

「そう。見つめ合っている状態じゃないといけない。メイは鏡の中の自分を見て思い出したっぽいし、発動条件は一緒だと思う」

「そっか」


 俺は立ち上がった。


「タバコ吸ってくる。ついてこないでね。考え、まとめるから」

「……わかった」


 俺は寝室を出た。向かったのは、ベランダではなくキッチンだった。


 ――二回、やる必要がある。ジュノに気付かれる前に。一気に。


 俺は果物ナイフを掴み、まずは右に突き立てた。


「ぐっ……あっ……」


 間髪入れずに左。


「あっ……ぎゃっ……がっ……」


 果物ナイフがカタンと落ちる音。焼けるような激痛。俺はたまらず咆哮をあげた。


「メイ? メイ!」

「もう……忘れることも……思い出すことも……できねぇよ……」

「あっ……あっ……どうしよう、病院、救急車……!」


 これが、俺の下した決断だ。

 もうお前の好きにはさせねぇよ、寿乃兄貴

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