37 証言

 西日が差し込んできた頃になって、ようやく考えがまとまった。

 俺の脳裏に浮かんでいるいくつもの疑問。考察。それを裏付けるには、やはりあの人の証言が必要だ。

 開店には三十分早いとはわかっていたが、俺はドンドンと扉を叩いた。


「メイです! お願いです! 開けて下さい!」


 少しして、マスターが扉を開けてくれた。


「どうなさいましたか……」

「聞きたいことがあるんです。今すぐ」


 今すぐマスターの胸ぐらを掴みたいような気持ちに駆られたが、それを抑えて行儀よく椅子に座った。マスターもきっと……わかっているのだろう。俺の予想が正しければ。


「マスター。俺とジュノが、去年の六月一日にここで出会ったというのは嘘ですね? ジュノにそうやって証言するよう頼まれましたね?」

「……仕方ありませんね。私もメイさんには罪悪感がありましたから。きちんとお話しますよ。そうです。私はジュノさんにお金を頂いて、嘘をつくよう頼まれました」


 そして、コップ一杯の水を差し出してくれた。それには手をつけずにたたみかけた。


「理由は聞いていますか?」

「聞いていません。ただ、多額のお金を積まれましてね……経営も厳しかったものですから、従いました」

「俺、記憶喪失なんです。ここに来たという記憶はないんです。教えて下さい。俺はこの店に来たのは何回目ですか?」

「何回目でしょう……数えられませんね。メイさんが初めてうちに来られたのは、メイさんの二十歳の誕生日です。ジュノさんと一緒に。それからお二人でよく来られていましたし、ご兄弟であることは私は知っていました」


 水を一気飲みして、タバコを取り出した。マスターはすぐに灰皿を出してくれた。深呼吸することで、今すぐ叫び出したい気持ちを抑えていた。


「……俺とジュノは、どんな兄弟でしたか」

「仲の良い、ごく普通のご兄弟だと思っていましたよ。ジュノさんの目的は後から察しました。私もね……メイさんが来られる度に、打ち明けようかどうかずいぶん迷ったものですが。そうですか。自力でたどり着いてしまわれましたか」

「うっ……あっ……」


 タバコを灰皿に押し付けて、顔を覆った。マスターはおしぼりを渡してくれた。


「……今日は貸し切りにしますね」


 マスターは一旦外に出た。俺は嗚咽を漏らし続けていた。

 ジュノとの日々。恋人としての日々。交わした言葉。薬指の指輪。

 何もかも、仕組まれたことだった。


「逃げた方がいいと思います」


 いつの間にか、カウンターの向こうに戻っていたマスターが言った。


「ジュノさんは何をするかわからない方です……涼しい顔で嘘をつかれますし、あれには私も驚きました」

「というと……?」

「去年の六月二日、お二人で来られたんですよ。私はジュノさんとの打ち合わせ通りにしました。わけがわからないままにね。ただ、メイさんの反応を見て、記憶を失ってらっしゃるということがわかって」

「それは確かに六月二日ですね?」

「ええ、そうです。忘れるはずがありません」


 一つ、また一つと、パズルのピースがハマっていく感覚だ。俺の推理は、少し突飛なところもあるが、そう外れてはいないだろう。

 

「俺は……ジュノと。兄と。きちんと話します。その上で、どうするか決めます」

「危険だと、思いますよ……」

「どのみち、手持ちの金はないですし、逃げるとしてもアテがないんですよ。それに、俺は知りたいんです。事の真相を、全て。このまで知ってしまったからには、最後まで突き止めたい」

「そうですか……」


 俺はジュノの位置情報を見た。まだ打ち合わせ場所にいるらしい。俺はマスターに礼を言い、ショットバーを出た。

 帰宅して、ベッドにうつ伏せになった。食欲はない。そんなことよりも、集めた情報を組み立てる方が大事だ。

 夜の十時くらいになって、ようやくジュノが帰ってきた。俺はベッドに腰掛け、ジュノが寝室に入ってくるのを待った。


「あっ……ただいま、メイ。もう寝てたのかと思ったよ。待っててくれたんだ」

「うん。今すぐ話がしたい」

「ん……なぁに?」


 ジュノは俺の隣に腰掛けてきた。


 ――冷静に。冷静に。俺が知りたいのは真実だ。落ち着いて、切り出さなければならない。


「なあ、ジュノ。俺の記憶は戻っていない」

「……うん」

「でも、知ったんだ。証拠集めた。証言も取った。ジュノは、俺の兄貴だね?」


 ぴくり、とジュノの頬が動いた。


「……どうしてその考えに行き着いたんだい?」

「順を追って話そうか。俺がジュノを疑うようになったきっかけを」


 これは、俺の人生で一番長く過酷な夜になる。ジュノの琥珀色の瞳を、ギロリと睨みつけた。

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