36 到達

 それから、俺はジュノが外出する度に、仕事部屋に入って証拠を探した。整理されているのでかえって元に戻しやすく、ジュノには怪しまれていないようだった。

 ただ、態度には出てしまった。一度疑ってしまうと、誘われても気乗りしなくて、あれこれ理由をつけてかわすようになってしまった。

 とうとうそれをジュノに指摘されてしまったのは、十月になってからだった。


「ねえ……メイ。もしかして、僕に飽きた……?」


 早く寝たいからとベッドで背を向けた時、そう言われた。


「飽きてないよ……」

「でも、だって、最近冷たくない? 僕、何かした? したのなら言って。直すから」


 何でもいいから理由をつけなくてはならない。しかし、咄嗟には思いつかなかった。


「何か言ってよ、メイ……」


 ついにはジュノがぐすぐすと泣き始めた。俺は慌ててジュノの方を振り向いた。


「おい、ジュノ……」

「ねえ、本当は何か思い出したんじゃないの? 僕の他に大切な人でもいたんじゃないの? ねえ、ねえ……」

「違う。記憶は失くしたままだよ。俺の大切な人はジュノなんだから。なっ?」


 ――やっぱり、ジュノは何も悪くないんじゃないか? 年下相手に、こんなに情けなく泣いてすがりつく男だぞ?


 俺はジュノの背中に手をあててさすった。


「ごめん……俺も理由はわかんないんだけど、そういう気分になかなかなれなくて。ジュノに飽きたとか嫌いになったとかじゃない。それだけはわかって」

「うん……うん……」


 そして、ゆっくりと唇を重ねた。


「んっ……メイっ……」

「やっぱり、しようか。泣き顔のジュノはそそるよ」

「メイっ、メイっ……」


 ――次。次に部屋を探してみたら、もうやめよう。出会いの真実についても聞かないでおこう。ジュノも言ってたじゃないか。知らない方がいいこともあるって。


 そして、ジュノが昼から夜まで打ち合わせの日。俺は一度探した場所も改めて確認した。クローゼットをかき分けて奥の方まで。床も調べた。


「うん、ないな」


 俺は安堵した。何も無いなら、それでいいんだ。ジュノの位置情報を見ると、打ち合わせ場所なのだろう、まだまだ遠くにいた。身体、というより気が疲れてしまって、俺は仕事部屋の床に仰向けに寝転がった。


「……えっ?」


 パソコンが置いてある机の裏。そこに、何かが貼り付けられているのを見つけてしまった。


 ――嘘だろ。


 震える手でそこを探り、粘着テープをはがした。貼り付けられていたのは、透明なビニール袋だった。その中には、免許証、保険証、鍵。


 ――進藤鳴。


 免許証の名前はそう書かれていた。写真は紛れもなく俺。


「何で……何でジュノと同じ名字なわけ……?」


 とある考えがよぎったが、到底信じたくはないものだった。俺は免許証に書かれていた住所をスマホで検索した。ジュノのマンションから徒歩で行ける距離だった。

 俺は勢いのままに、手に入れたものをデニムのポケットに突っ込んでその住所を目指した。三階建てで、エレベーターのない小さなマンション。三〇二と免許証に書いてあったので、三階まで階段を上り、該当する部屋のドアノブにこわごわと鍵を差した。

 簡単に開いた。

 間違いなく、ここは俺――進藤鳴の住んでいた部屋だ。


「ただいま……?」


 そんなことを言ってしまったが、もちろん中には誰もいなかった。入ってすぐにキッチンのある、明らかに単身者向けのワンルームだ。

 奥にベッド。手前にクッションとローテーブル。俺はまず、備え付けのクローゼットを開けた。私服とは別に、作業着のようなものが見つかった。

 ローテーブルの上には洗われていないマグカップ。コーヒーか何かだろうか、茶色い痕が残っていた。そして、卓上のカレンダー。去年の六月になっていた。一日のところに赤い丸。

 ベッドの下を見ると、段ボール箱があった。引っ張り出して中を見てみると、入っていたのは何冊ものアルバムだった。


 ――どうしよう。どうしよう。これを見てしまえば、ハッキリしてしまうんじゃないか。


 俺はしばらく、ぐるぐると部屋の中を歩き回った。ジュノが俺の身分証明書と鍵を隠していた意味。同じ名字であることの理由。


 ――ここまで来てしまったんだ。確かめるしかない。


 意を決してアルバムを開いた。まぶしい笑顔を向ける二人の少年。女性らしい丸い字が書かれている紙片。


「寿乃九歳 鳴四歳」


 これ以上ないくらいに決定的な証拠だった。


「あっ……ああっ……あっ……」


 俺は髪をかきむしった。写真の上にポタポタと涙が落ちた。


「嘘だろ、嘘だろ、嘘だろ!」


 認めたくない。兄弟だったなんて認めたくない。兄弟なのに、取り返しのつかないことをしてしまっていたなんて。


「知るんじゃなかった……知るんじゃなかった……!」


 世の中には、知らない方がいいことが、沢山あったのだ。

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