33 指輪
俺とジュノは、ある程度候補を絞ってからアクセサリーショップに行った。二人とも、シンプルなデザインにするということで意見は一致していた。
「ジュノ、これなんかどう? 石が一つだけなら悪目立ちしないし」
「うん、綺麗だね。太さも丁度いいかな」
俺たちが選んだのは、プラチナで小さなダイヤが一つ入ったデザインだった。値段を見てしまってやっぱり他のを、と言いかけたが、ジュノは店員に声をかけてしまった。
「試着したいんですけど……」
流れるように指のサイズをはかってもらった。ジュノの方がやはり細いらしい。二人で指輪をはめた手をかざしてみると、しっくりきた。
「えっと、ジュノ。これ、けっこうお値段が……二つ買うと……」
「もう。気にしなくていいって言ったじゃない。このくらい買えるよ。僕はこれが気に入っちゃったな」
そして、ジュノは申込用紙を記入し始めてしまった。刻印は二人の名前と、今年の六月一日の日付だ。そうしようと前もって決めていた。
「わぁ……本当に買っちゃった……あんな高いの……」
「メイ、絶対なくしたらダメだよ。ってまだ受け取ってないわけだけどさ」
六月一日までには無事に仕上がるようだ。当日に取りに行くことにして、他の予定を喫茶店で話し合った。俺は言った。
「指輪にお金かけちゃったから、食事は家でしよう。俺が何か作る」
「いいよ。二人っきりで過ごしたいしね」
「ジュノ、リクエストある?」
「そうだなぁ……豚の生姜焼き」
「へっ? そんなのでいいの?」
「メイが初めて僕に作ってくれた料理なの。思い入れあるんだ」
もちろんそんなことも忘れている。しかし、俺はジュノさえ覚えてくれていればいいのだと言い聞かせるようになった。それよりも、これからの二人の思い出の方が大事だ。
六月一日は生憎の雨だった。傘をさし、アクセサリーショップに向かった。刻印の仕上がりを確認して、ジュノが待ち切れないと言い出しそのままつけて帰ることになった。
「もう。ジュノ、店員さん笑ってたぞ?」
「だって……早くつけたかったんだもん」
「ほら、手。ちょっと濡れるだろうけど。繋ごう」
「うん……!」
今年で三十一歳になったらしいというのに、最近のジュノは本当に子供っぽくなった。ジュノは変な嘘をつくようなタイプではないと思うし、俺が初めての恋人だというのは間違いないのだろう。それで浮かれているのか。
手を繋いで近付いたことで、何度か互いの傘がぶつかりながらも、帰る前にケーキ屋に寄り、予約していたホールケーキを受け取った。
帰宅して、コーヒーをいれて、俺はケーキを切り分けようとしたのだが、ジュノに止められた。
「そのままフォークでいこう。クリスマスの時はそうした」
「そっか。ジュノとケーキ食べるの、二回目なんだ。写真残ってたな」
「そういうこと」
ケーキを食べながら、ジュノは自分の左手薬指に目をやり、クスリと笑う。その繰り返し。
「ジュノ、そんなに嬉しいの?」
「うん。これで離れててもメイのこと感じられる」
「今さらだけど、仕事関係の人に突っ込まれたらどうするの?」
「堂々とパートナーできた、って言うよ」
俺はジュノ以外に人付き合いをしていないし、これからもしないだろうから、あまり気にしなくてもいい。問題は、水仕事をする時にどうするかだ。洗剤で滑って排水溝に流してしまってはいけないし、どこか置く場所を決めて毎回外した方が事故がなくていいだろう。
「ジュノ。何かさ、小さいケースみたいなのある? 指輪の仮置き場所」
「そうだね……百均の小物入れが余ってたかも。また今度、ちゃんとしたリングスタンドとか買ってもいいかもね」
夕飯はリクエスト通り豚の生姜焼き。ジュノのためにショウガは多めだ。俺はチューブのものを使っていたようで冷蔵庫にあったのだが、せっかくなので今回はきちんとすりおろしたものにした。
「んー! メイ、すっごく美味しい!」
「何か特別感ないけど……」
「僕にとってはあるの。これがいいの」
これからも、こんな日々が続いていくのだろう。俺が料理を作る。ジュノに食べさせる。たまにどこかに出かけて。同じものを見て、同じ風を感じて。
夜は……沢山愛情を伝えて。
「ねえ、ジュノ」
「なぁに」
ベッドの上で、視界がぼやけないギリギリの位置まで顔を近付けて、俺は囁いた。
「俺にはジュノしかいないけどさ。ジュノにも俺しかいないんだと思うんだよ」
「うん。僕もそう思う。この先、何があってもメイの側から離れない。メイが何回記憶を失くしても、その度にやり直す」
「指切り」
「んっ……」
小指を絡ませ、しばし見つめ合った。ジュノの琥珀色の瞳は吸い込まれそうなほど、深い。
「……愛してるよ、ジュノ」
「僕も愛してる。メイ」
何もかも失った俺が唯一手に入れた宝物。それがジュノだ。壊さないように、逃さないように。きちんとこの腕で抱きしめていよう。
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