29 相性

 ジュノは自営業ということらしいから、仕事をする時間はほとんど自分の裁量とのこと。それでも、生活リズムをきちんとしたいからと、日中だけしかしないと決めているそうだ。俺はどうやらヒモのような専業主夫のような生活をしていたらしく、それならばと地図アプリを見ながらスーパーに行ってみた。

 売り場を見ると、浮かんでくるのは様々な献立。食べ物の記憶だけはこうもハッキリしているのが腑に落ちないが、それでもジュノのために何かができるのは嬉しいから、豚バラやダイコンをカゴに入れていった。

 俺がスーパーから帰ってくると、ジュノは待ち構えていたかのようにリビングでコーヒーを飲んでいた。


「お帰り。真っ直ぐ行けたみたいだね」

「うん。ジュノ、ここにいるってことはキリよかったの?」

「ああ、アプリ見てたから……」

「えっ?」


 ジュノによると、俺がせがんで位置共有アプリを入れていたらしい。互いの位置を知りたいと俺が言い出したそうだ。それが本当なのかどうかわからないが、そうだとしたら俺はけっこうな束縛野郎である。


「今夜は豚汁ね。ジュノ、食べれるよね?」

「うん。ショウガ多めがいいな」

「わかった。そうする」


 昼食は惣菜コーナーにあったお弁当にした。ジュノと向かい合って食べようとしたのだが、ジュノが無言で米の上の梅干しを俺の弁当に乗せてきた。


「食べられないの?」

「あ……ごめん。つい癖で」

「ははっ、俺が食べてたんだ」


 ジュノとのこれまでの力関係がよくわからない。養ってもらっているということで俺の方が立場が弱いはずなのだが、ジュノが俺に甘えることもあるのか。

 食後、一服した後は掃除機をかけた。ジュノの部屋以外全て。といっても、リビングと寝室と洗面所とトイレだけだ。すぐ終わった。

 夕食の支度をするにはまだ早かったので、炊飯器だけはセットして、自分のスマホをくまなく調べてみた。買った時にインストールされていたのであろう基本的なアプリと、ジュノとの位置共有アプリ以外は何も入っていなかった。

 カメラロールを改めて確認した。このスマホで初めて撮影したのは自撮りだった。髪はやけに伸びていた。日付は六月三日だ。

 俺は自分の髪を触った。この頃より短くなっているから、美容院に行ったということなのだろう。おそらくジュノの金で。


 ――画像を見ても、場所に行っても思い出せない。一月一日。正月から、何があった?


 もっと詳しくジュノから話を聞く必要がある。俺はとりあえず豚汁を作り始めた。あとはもやしのナムル。こっちはレンジで調理するので楽だ。

 出来上がったので、仕事部屋の扉をノックした。


「ジュノ、ご飯できた。どう? すぐ食べれそう?」

「あと、五分くらい……」


 俺は食卓を整えだした。何も考えなくても手足が動く。ジュノが食べる量がわからないから、米は少なめにしておいた。


「お待たせ、メイ」


 ジュノはふわぁと欠伸をした。


「お疲れさま。もう今日は作業しない感じ?」

「うん。メイとまったり過ごしたい」


 食べながら、俺は一月一日のことを聞いてみることにした。


「ジュノは新年会行ってたって言ってたよね、お正月。俺はどうしてたのかわかる?」

「えっと……僕が出かけたのは夕方だね。それまで僕はメールのチェックしてて、メイはこの家にいた」

「ジュノが帰ってきたのは何時くらい?」

「十二時は超えてなかったと思う。メイがソファで酔っ払ってむにゃむにゃ言ってて、ベッドに連れて行ったんだよ」


 ジュノも知らない空白の時間。なぜ俺は酒を飲んでいたのか。何かショックを受けたのだろうか。軽く調べただけだが、ストレスによって記憶の障害が起こることがあるらしい。


「俺ってさ、ジュノに無断で外出してたりした?」

「いや……お互い外に出る時は行き先言う癖ついてた。僕が打ち合わせで半日以上いないこととかあったから、そうなるとわからないけど……」


 俺はジュノに重大な隠し事をしていた可能性が高い。過去を言いたがらなかったくらいだ。誰か他の人と会ったり、妙なことをしていてもおかしくない。

 一番信用できないのは、自分だ。


「ジュノ。俺さ、絶対に思い出す。そしたら、俺の過去のこと、全部話す」

「言いたくないことは……そのままでいいんだよ?」

「嫌だ。それじゃ誠意がない。七ヶ月も世話してもらって、これからも面倒見てもらうしかないわけでしょ? ジュノにはきちんと本当の俺のこと知ってもらう」

「そっか……」


 その夜は、ジュノの可愛らしいお願いを聞いてあげた。その内に俺も気分が乗ってきて、強気なことを言ってみたりした。


「俺さ。ジュノには感謝してるんだ。だから、ジュノがしてほしいこと……全部叶えたい」

「無理はしなくていいんだよ……?」

「無理してない。ジュノのしてほしいことってさぁ……俺がやりたいことでもあるかも」

「ふふっ……感覚だけは思い出してくれたのかな?」


 ジュノへの今の気持ちは、正直なところまだ整理できていない。けど、身体の相性はいいんだな、ということは……よくわかった。

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