28 初詣
焼肉に行った翌朝。ここは俺が七ヶ月間寝起きしていたベッドだということだったが、やはりその実感はなかった。ジュノはいなかったのでリビングに行った。
「おはようジュノ。何してるの?」
「コーヒーとトースト作ってた。メイは三食キッチリ取ってたよ。食べよう」
ジュノは冷蔵庫からいくつかジャムを取り出してダイニングテーブルの上に乗せた。
「どれにする?」
「へぇ……ユズとかあるんだ」
「うん。それ、メイ好きだったね」
「これにする」
食べていると、ジュノがこんなことを言い始めた。
「初詣に行かない? まあ、メイと神社には行ったことはないんだけど。新しい思い出作りたい」
「うん、いいよ。記憶のことも神頼みするかぁ……」
電車に乗り、大きな神社にやって来た。一月三日、三が日ということもあり、人でごった返していた。
「わぁっ……ジュノ、屋台が沢山出てるよ」
「後で何でも買ってあげる。まずはお参りしよう」
俺はジュノとぴったり寄り添って歩いた。はぐれないように、と思ってそうしたことなのだが、ジュノは嬉しかったらしい。そっと手を差し出された。
「男同士で繋いでたら……目立つよ?」
「あっ、そういう感覚も変わっちゃったか。前は気にしてなかったのに。これだけ人いたら大丈夫だよ」
「じゃあ、うん……」
ジュノの手は俺よりも細かった。でも、力強い。しばらく手の感触を楽しんでから、賽銭箱まで来て手を離した。
――記憶が戻りますように。
俺は強く願った。どうやら目に見えないものを信じる性格らしい。
おみくじも引いた。ジュノは大吉。俺は……末吉。
「うげっ、失せ物見つからず、だってさジュノ」
「まあ、ただのおみくじだから。結びに行こう。きっと大丈夫」
次はお待ちかねの屋台めぐりだ。俺が目をつけたのは焼きそばだった。
「ジュノ、あれがいい」
「いいね。マヨネーズかけ放題だって」
「俺はマヨはそんなにいらない」
「僕はたっぷりかけようっと」
この神社には特に座れる場所はないみたいだ。隅の方に移動して、立ったまま焼きそばを食べた。
「僕はもう満腹。メイは?」
「甘いもの欲しい。リンゴ飴ないかな?」
「探してみようか」
屋台は神社の敷地外まで並んでいた。端の方でようやくリンゴ飴を見つけてジュノに買ってもらった。
「俺、食べ物の記憶はあるんだな」
「そうみたいだね」
飴のところに歯をたてる瞬間がたまらない。リンゴに到達して汁を啜るのも。俺が夢中でむしゃぶりついていると、ジュノがスマホを向けてきた。
「えっ、撮るの?」
「記念。そうだ、僕のスマホにもメイの写真や動画、いくつかあるんだよ。見てみる?」
タバコを吸いたくなってきたというのもあったし、昔ながらの喫茶店へ行った。そこでジュノのスマホを見せてもらった。
「ほら……これ。アスレチック行った時」
「わっ、俺ってこんなにはしゃいでたの?」
子供に混じって、ひょいひょいと猿みたいにハシゴを登っていく俺の動画を見せられた。
「その後はバーベキューしたよ。えっと……二人の写真はメイのスマホにあるのかな」
「ん……これかな。日付同じだ」
ジュノと恋人だったことは間違いない。けれど、この奇妙な胸のつかえは何だろう? 記憶を取り戻せば、スッキリするのだろうが。
「ジュノ。俺がまた、記憶失くすことってあり得ると思う?」
「否定はできないね」
「じゃあ、写真撮ろう。今ここで」
「いいよ」
これ以上、忘れてはたまらない。俺はあることを思いついた。
「日記書こうかな。新年だしちょうどいいでしょ」
「じゃあ文房具屋さん行こうか。メイ専用の筆記用具とかも買ってあげる」
俺はきちんとした日記帳とボールペンをジュノに買ってもらった。帰ってからは早速初詣のことを書いた。願ったこと。おみくじ。食べたもの。
俺の字はお世辞にも上手いとは言えなかった。ミミズが這ったみたいに頼りない。字を書くのが久しぶりなのだろうか。そんな気もした。
「メイ、夕飯どうしよう。いつもはメイに作ってもらってたんだけど、今日は買い出しに行くのしんどいよね」
「料理はできると思うけど……ぶっちゃけ今日はめんどい」
「ピザでも頼もうか」
ジュノはサラミやソーセージがたっぷり乗ったピザを選んだ。
「もしかして、それが俺の好みだった?」
「うん。いつだっけな。前もピザ頼んだ時にメイがこれにした」
ピザを食べ終わり、食器の片付けは俺がした。皿の洗い方は身に染み付いていたらしい。
だが、セックスのやり方は忘れているというのが不思議だ。その夜もジュノに求められたが、終始リードしてもらった。
「メイ、可愛い。反応が初々しくなっちゃって」
「もう……俺は真剣に悩んでるんだからね?」
「ごめんって。メイったら、記憶失くす前はもっと積極的だったんだからね? 僕に手錠かけてた」
「……マジか」
思い出すのが何だかこわくなってきた。俺は一体……何者なのだろう。
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