19 運命
イブの夜は、どこも混んでいるから、あえてラーメンにした。さっと食べて、帰って甘い甘い一夜を過ごして。先にジュノが眠ったから、閉じられたまぶたを見ながらピアスを触った。
――俺はただのメイ。ジュノの恋人。
寝顔にそっとキスをして、俺も眠った。
あくる日は二人とも昼まで寝ていて、カップ麺を食べて腹を満たした。それから、二人でスーパーに行った。
「ジュノ、やっぱり酒はいるよな?」
「シャンパン買っちゃおう。あと、チキンとローストビーフと……サラダ」
「了解。パーっとやろう」
ジングルベルが流れる店内で。俺たちはカゴを満杯にしていった。まだ続きがある。ケーキだ。この日のために予約しておいた。帰宅して、買ったものを冷蔵庫に詰めながら、俺は尋ねた。
「ジュノ、去年のクリスマスは何してたの?」
「忘れちゃった。仕事してたかも。独り身だとイベントとか関係ないし」
「ふぅん……」
自分の過去についてこだわるのはやめたし、ジュノの過去についてもそうしたいのだが、他に男がいたことは説明されているし、完全に振り切れずにいた。
コーヒーメーカーでコーヒーを作り、ケーキを食べることにした。二人しかいないし、面倒なので切り分けずにフォークでざくざく進んでいった。
「ジュノ、サンタさん食べる?」
「もらう。チョコかな?」
「食べてみて?」
「……うん、チョコだ」
ずっと、こんな日々が続いていけばいい。ずっと、ずっと。一緒に食べて。一緒に笑って。俺は俺ができることをして。たまにジュノを甘やかして。お願いを聞いてあげて。
「プレートはメイが食べなよ。はい、あーん」
大きく口を開けて。受け入れて。噛み砕いて。胃に入れて。
「ジュノ……この後、したい」
「えー? まだお昼だよ?」
「俺たち時間関係ある?」
「ははっ、なかったね」
身体を重ねて。
終わった後、手を繋いでベッドに仰向けになっていた。
「メイ。本当に僕でいいの? なんかさ。メイと距離が近付けば近付くほど、また不安も大きくなるっていうか……突然消えちゃったらどうしようって悪い想像ばっかりしちゃう」
「大丈夫だって。スマホ、失くさないようにするから。それに、俺はジュノでいい、んじゃない。ジュノがいいの。ジュノ以上に俺のこと大切にしてくれる人なんていないから」
それから、シャンパンを開けて二人だけのパーティーだ。沢山買い込んだご馳走は一気になくなって、機嫌の良くなったジュノがアコースティックギターを持ち出してきて歌い始めた。俺も酔っぱらって手を叩いた。
「ジュノ、もう一曲! もう一曲!」
「はぁ……そろそろ疲れてきたんだけど」
「あの曲やってよ。俺に初めて聴かせてくれた曲」
「ああ、アレね。それで最後だからね」
ジュノの繊細な歌声は、素人の俺にもずしんと心に響いた。これだけ上手なら、とは思うのだけれど、これを知っているのは俺だけでいい、という気持ちもある。もしかすると、この歌を誰かに聴かせていたのかもしれないが――俺は目を閉じて邪念を振り払った。今まではともかく、今と、これからは、俺がジュノを独り占めするのだから。
「あーしんどい。メイ、タバコ吸おう」
「うん」
ベランダへ続くガラス扉を開けた途端、冷たい風が頬に触れた。外はかなりの寒さだ。手を震わせながらライターで火をつけた。
「ありがとう、ジュノ。俺のためのコンサート」
「滅多にやらないからね。こんなに気が向いたの久しぶり」
「昔はよくやってたの?」
「ああ……家族に。母さんに聴いてもらってた」
俺はジュノの話を思い返した。
「高校の時にギター買ってもらったんだっけ?」
「そうだよ。田舎だったからさ、やることないし、音鳴らしても迷惑じゃないから、夜でも構わずにやってた」
タイムスリップして、当時のジュノに会ってみたい。それから、俺が最初の男になってジュノの過去を書き換えることができたら、どんなにいいだろうか。叶わない願いとわかっていても、つい考えてしまうのだった。
最後の紫煙を吐き出し、灰皿に吸い殻を押し付けたジュノは、フェンスに背中をもたれさせてじっと俺を見つめてきた。暗いので、よくわからないが、その琥珀色の瞳はいつも通り澄んでいるはずだ。
「メイ。改めて言わせて。僕に出会ってくれてありがとう。僕のこと、好きになってくれてありがとう。こんな風に想いがちゃんと通じ合ったの、初めてなんだ。本当だよ。だから、毎日が幸せ」
「俺も……ありがとう。覚えてないけどさ。ジュノに声かけてよかった。あのバーで出会ったのは、運命だったのかもしれないね」
自分の口から照れくさい言葉が出てしまったことに驚いた。ジュノの影響を受けたのだろうか。俺もタバコを吸い終えて吸い殻を灰皿に放り込んだ。
「中、入ろうか、ジュノ」
俺はしつこくジュノを求めた。身体の隅々まで、触れていないところなどないくらいに。酔った勢いもあったのか、何度も何度もとせがんでしまって、眠ったのは夜の三時くらいになってしまった。服さえ着ていなかった。
きっと、それが悪かったのだろう。
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