18 イブ

 ジュノはリビングのソファに座っていた。俺を見ると、トントンとソファの座席を叩いた。隣に来いということらしい。俺は大人しくそうした。


「おかえり、メイ。なんでよそのマンション行ってたの」

「その……」


 俺は何もかも白状した。ショットバーでよく話すようになった女性がいるということ。マスターがいない間に、キスまで許してしまったということ。部屋まで行ったがそれ以上のことはしなかったということ。


「ふぅん……メイって女の子もいけたんだ」

「わかんない……ただ、酔ってたとしか……」

「その女とは連絡先交換してるってことだよね。ブロックして。今すぐ」


 俺はスマホを取り出し、ユミちゃんをブロックした。


「バーに行くの、禁止。前から危ないとは思ってたんだ。お酒なら部屋で飲んで。わかった?」

「わかった……」


 そして、ジュノは俺の頭を掴んで唇を貪ってきた。舌を強く吸われ、痛い。


「っは……ジュノ……」

「僕しか知らない身体だったはずなのに……なのに……」


 ジュノはボロボロと涙をこぼし始めた。


「ジュノ?」

「お願い、僕のこと見捨てないで。見離さないで。記憶が戻ったならしょうがないよ。でも、そんな簡単に他の人のところに行っちゃうなんて。自信なくなってきたよ。僕とメイの三ヶ月間は何だったの……?」


 俺はぎゅうっとジュノを抱き締めた。


「ごめん……ごめんねジュノ……」

「こわかった……メイが僕の知らない場所に行っちゃって、また記憶失くしたのか、それとも思い出したのか、って思って……」

「不安にさせたんだよね。俺、ダメなことしたよね。もうどこにも行かない。ジュノとしか話さない。約束する」


 そして、どちらからともなく服を脱がせ合い、そのままソファで交わった。


「……メイは僕のものなんだからね」


 俺の首筋には無数の赤い痕がついているのだろう。鏡を見ないと確認できないが。当分外は出歩けまい。勢いのままやってしまったので、コンドームをつけていなかったのだが、ジュノはあまり気にしていないらしい。ティッシュで雑に拭き取っていた。


「ジュノ。俺さ、もう思い出さなくてもいいよ」


 ジュノを愛しながら、思っていたことを話し出した。


「今の俺にはジュノがいる。それで十分。過去なんて、もうどうでもよくなったよ。余計なこと思い出して、この関係を壊したくない」

「メイ……本当に、それでいいの?」

「うん。この先もう、ジュノのことしか考えたくないから」


 そうやって、俺は過去を探るのをやめた。




 心が決まってからは、一気に楽になった。俺が考えるべきことは、毎日の献立だけだ。ジュノは何でも褒めてくれたが、和食が一番好きみたいで、豚の生姜焼きは何度も作った。

 二人の間で「条件」という単語が出ることもなくなった。ただ、ジュノが旺盛だったので、毎晩求めに応えた。それは恋人としての営みで、義務感は全くなかった。

 肌寒くなってきたので、俺は新しい服をどんどん買ってもらった。ジュノの寝室のクローゼットは、元々余裕があったので、二人分の服を簡単に収納することができた。

 そして、ジュノと出会ってから半年以上が過ぎ。クリスマス・イブになった。


「わー! おっきい!」


 俺はジュノとクリスマスツリーを見に来ていた。


「メイにとっては初めてのクリスマスだね」

「うん。ジュノと一緒だなんて、幸せ」


 通行人に頼んで、クリスマスツリーを背景にジュノと二人の写真を撮ってもらった。カメラロールを見返すと、ジュノとの思い出が沢山。また、忘れてしまったとしても、これで大丈夫だ。


「店の見当はつけてるんだ。メイ、行こうか」

「うん」


 ジュノが俺にピアスを買いたいということで、アクセサリー屋に行った。さすがクリスマス・イブ。客が多かった。


「メイは五月生まれってことでいいと思うんだよね。だから、これどう? エメラルド」

「緑色かぁ。似合うかな?」


 店員に頼んでガラスケースから出してもらい、ジュノが俺の耳元にピアスをあてた。


「うん、似合う。カッコいい」

「じゃあ、これ買って。次はジュノだね」


 まあ、ジュノのお金から出すわけなのだが……俺もプレゼントを選ぶことにしていた。


「これどう? シルバーのブレスレット。ジュノ華奢だから、こういうのぴったりだよ」

「うん、こういうの好みだな」


 俺はこっそり、プレゼントする物の意味を調べてきていた。ブレスレットは、「束縛」という意味がある。俺だって、ジュノを縛りたいのだ。

 ピアスとブレスレットを買って、タバコが吸える喫茶店で、中身を開けてしまうことにした。俺はしばらくピアスをつけていなかったらしく、穴が塞がりかけていたのだが、思い切って突き刺した。ジュノもブレスレットをつけたのだが、今着ているニットに隠れてしまうようだ。


「メイ、よく似合ってる。それずっとつけてて。僕のものっていう証」

「もちろん。ありがとう、ジュノ。初めてのクリスマス、絶対忘れないから」


 もちろん確証があるわけではなかった。また、俺は記憶を失くすかもしれない。それでも、こうして物や記録が増えていくことで、俺が新たに生き直している軌跡がしっかりと刻まれている、そんな気がした。

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