16 甘え

 車を借りて山へ。レンタカー屋に行くまでにコンビニでお菓子と飲み物を調達しておいて、時折ジュノの口に放り込みながら山道を進んだ。


「ねえ、ジュノ。なんだか緑を見てたら落ち着く。ジュノは?」

「僕も田舎を思い出すよ。メイも田舎の出身なのかもしれないね」


 ここのバーベキュー場は肉も野菜も現地で販売していて、手ぶらで来れるのがウリだった。まずはアスレチックに行ってみた。


「わっ、ジュノ……子供がうじゃうじゃいる……」

「夏休みだからね」


 しかし俺は果敢に挑戦してみた。自分の身体能力がどれほどのものか試してみたかったのである。短い木のハシゴに足をかけ、上へ上へと進んでいく。ジュノは本当に保護者ヅラして見守るつもりらしい。


「よっと」


 くれぐれも子供の邪魔にならないよう注意しながら、タイヤでできた足場をひょいひょいと渡って行った。ロープを握ってぶらりと向こう岸まで飛び乗り、最後に滑り台を滑って地上へ。


「……メイ、身軽だね」

「そうみたい」


 アスレチックに夢中で気付いていなかったが、ジュノは俺にスマホを向けていた。


「ジュノ、撮ってたの?」

「うん。動画を」

「もう。本当に父親みたいなことするんだから」

「恋人でしょ?」

「……もう」


 それから、バーベキュー場に到着した。ログハウスのような大きな建物の中で食材を購入した。ビールもあったがジュノに運転させる手前我慢した。屋内も選べたが、せっかく天気がいいので屋外の席にした。家族連れが多く、男二人は浮いていた。


「メイ、この量で足りるかな?」

「物足りなかったら追加で買おう」


 俺が肉を焼いていった。風向きが悪く、俺の方にばかり煙がきて、涙が出るのを我慢しながら肉をひっくり返した。ジュノはというとそんな俺の姿を撮影していた。


「ジュノ、はい。これもういける」

「ありがと」


 紙皿にどんどん肉を移していった。野菜を置いてから俺も食事のターンだ。


「んー! うまっ! 外で食う肉はいいな!」

「どう? 初めて経験する感じ?」

「それがわかんねぇんだよな。その、知識として、肉の焼き方わかってるから。やったことあるのかな……どうなのかな……」


 俺はジュノに尋ねてみた。


「ジュノはバーベキューとかよくしてたのか?」

「大学の時に多少ね。小さい頃はしたことなかった。うち、父親が早くに亡くなったって言ったでしょ。母親は看護師でね。僕を育てるために仕事ばっかりだったから……」

「そっか。悪いこと聞いた」

「いいんだよ。メイに隠し事したくないし」


 野菜が焼けてきた。風向きは変わって煙は上手く俺とジュノの間をすり抜けていった。野菜を裏返しながら、俺は言った。


「俺にも親、いたはずだよな。生物学上の。今ごろどうしてるんだろう」

「もしかしたら探してくれてるかもしれないね。ただ、成人男性の捜索は事件性がない限り積極的にされてないとは聞いたことあるけど」

「やっぱり、自力で思い出したいな」


 ピーマンやカボチャはそろそろ焼けたか。トウモロコシはもう少し転がしておく必要がありそうだ。ピーマンをジュノの紙皿に入れようとすると、すっと紙皿をよけられた。


「ピーマン、嫌い……」

「えっ、そうだったの?」

「ちょっと入ってるくらいならいけるけど、ガッツリは無理」

「可愛いなぁ」


 ジュノは不思議な人だ。母子家庭で育ったのだったら、それなりに苦難があったのだろう。フリーの作曲家としても気苦労が絶えないに違いない。しっかりしているようで、天然なところも子供っぽいところもある。そんな顔を、俺だけに見せているのだとしたら。


「ジュノ。もっと俺に甘えていいんだよ」

「もう十分甘えてる。メイが記憶を取り戻して、僕のところから出て行ったとしても、メイと過ごした日々のことは絶対に忘れないからね」

「……うん」


 肉は足りた。少しだけ辺りを散策し、眺めのいいところでジュノと二人の写真を撮った。遠くに連なる山々を見ていたら、思わず大声を出したくなってきた。俺はフェンスを握って言った。


「ジュノ! 叫んでいい?」

「ええ……やめなさい。子供いっぱいいるんだから」

「ケチぃ」


 帰り道、ジュノは車を途中のインターチェンジで降ろした。


「えっ、ジュノ?」

「叫んでも大丈夫なところ行こうか」

「ジュノがいつもと違うとこでしたいだけでしょ?」

「ふふっ……まあそうなんだけどさ」


 ここのラブホはカウンターに人がいたが、手元しか見えないようになっており、ジュノが料金を前払いした。こういう形式のところもあるのか。いちいち感嘆してしまう辺り、やはり俺はこういうところに来た経験はないのかもしれない。


「わっ、ジュノ。バスタブが光るようになってる。ジェットバスもついてるっぽい」

「せっかくだからお湯はろうか」


 俺がジュノを後ろから抱き締めるような形で湯につかった。ライトがチカチカと光る様子は何だかチープで、雰囲気作りに役立つどころか笑えてきてしまった。


「ジュノ、もう消そう。これはナシナシ」

「非日常感あっていいけどなぁ」


 俺はジュノの耳をそっと唇ではさみ、ちゃんといつもの雰囲気に持って行った。

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