13 海原
レンタカーに乗って海へ。
運転席を見て、やはり俺は運転の仕方がわかる気がしたのだが、免許証不携帯なわけで、ジュノに止められた。助手席に座り、ジュノの端正な横顔を眺めた。
「ジュノ、どれくらいかかるの?」
「一時間かな。僕も行くの久しぶり」
ジュノは音楽プレイヤーを繋いだ。シャッフル再生にしたようだった。
「そういえば、メイに僕の曲聴かせたことないと思ってさ」
「嬉しい!」
曲の幅は広かった。ポップで可愛らしい曲から、しっとりしていて大人っぽい曲まで。同じ人が作ったとは到底思えなかった。
「ジュノって何でも作れるんだね……」
「まあ、来るもの拒まずって感じで仕事してた時期あったから。あの時は生活グチャグチャだったね。反省してる」
俺はこの日のために買っておいたおやつを取り出した。チョコレートのついたスティック状のプレッツェルだ。
「ジュノ、はいあーん」
動物園の餌やり体験みたいだな――そう思って口に出した。
「俺さ、動物園には行ったことあると思うんだよね」
「おっ、そうなの?」
「こんな風に、おやつ食べさせるのなんか楽しいから」
「じゃあもう一本ちょうだい?」
そんなやり取りをしながら駐車場へ到着。車を降りた途端、潮の香りがした。
「ジュノ。なんだか、懐かしい気がする。俺は海には来たことあるよ、絶対」
「波打ち際まで行ってみよう」
俺たちを歓迎するかのように太陽は明るく照りつけ、波を照らしていた。俺はスニーカーと靴下を脱いで裸足になり、そっと踏み出した。ズズッと砂に足が沈んだ。
「うん……この感覚、知ってる気がする」
ジュノも裸足になった。ギリギリのところまで行って、スニーカーとジュノのリュックを並べて置き、デニムの裾を折ってから、おそるおそる海水に足をつけた。
「……冷たっ!」
遅れてジュノもやってきた。
「わっ、冷たいけど、気持ちいいね」
俺はかがんで海に人差し指をひたし、舐めてみた。
「うげっ! しょっぱ!」
「何も舐めなくても」
しかし、これでハッキリした。俺は海に来たことがある。
「ジュノ! 二人で写真撮ろう!」
「いいよ」
肩を寄せあい、海原を背景に何枚か写した。もし、また記憶を失ったとしても、この写真があればジュノとの日々を過ごしたという確実な記録になる。そう思ってしたことだった。スマホをデニムのポケットにしまった俺は、海水をすくってジュノにかけた。
「えい!」
「こら、メイっ!」
すかさずやり返された。何度も繰り返しているうちに、二人ともびしょびしょだ。
「あーあ、やりすぎだよメイ」
「太陽ですぐ乾くでしょ」
海水からあがり、コンクリートのところまで移動して腰をおろした。海開き前、海の家もやっていないし客は俺たちだけ。遠くに船が見えるが動くものといえばそれくらいである。タオルは持ってきていたので足は拭けたが問題は服だ。すっかり肌にはりついていた。
「……メイ。これ、本当に乾く? 着替えも持って来ればよかったね」
「ごめん。自分でもここまではしゃぐとは思わなかった」
「あっ、そうだ。実はここに来ようと決めてからこっそり調べてたんだけど」
聞く者は誰もいないというのに、ジュノは耳打ちしてきた。
「男同士で入れるとこ、知ってる」
「……やらしいなぁ、もう」
俺も興味がないわけではなかった。それに、何事も試してみる価値がある。何がきっかけで記憶が戻るかわからないのだから。
ジュノはカーナビを設定し、スムーズにその施設に入った。ラブホテル。つまり、セックスするための場所。
「わっ……何か静か」
入ってすぐに部屋を選ぶパネルがあった。ジュノに選んでもらった。もちろん喫煙ルームだ。こういうシステムは、知ってはいるのだが体験するのは初めてな気が……いや、忘れているのか。わからない。とにかくドキドキしてきた。
誰ともすれ違うことなく部屋についた。入ってすぐに風呂場があり、狭い室内にベッドとソファとローテーブルがぎゅうぎゅうに押し込められていた。
「メイ、どう? こういうとこ、来たことありそう?」
「……わかんない」
「そっか。フードでも頼もうか」
俺たちは並んでソファに座った。ジュノが手慣れた感じでローテーブルの上のタブレットを操作した。つまりは何回もこういうところに来たことがあるのだろう。それを思うと嫉妬の炎がちびりと燃えだすのだが、カッコ悪いのですぐ消した。
「ふーん。ファミレスみたいだね」
「メイは何にする?」
「えっとね……」
二人ともハンバーグとライスのセットにした。待つ間、一服。
「メイ。今回は収穫あった?」
「まあ、海に来たことあるってわかったくらい。でもさ、それ以上にさ。ジュノとの思い出ができて……嬉しい」
「うん……僕も」
これからは、些細な出来事もデータ化しておこうか。何てことの無い平凡なハンバーグの写真を俺は撮った。それから、事後の二人も。ジュノの首筋にくっきりと残したキスマークは、やがて消えるだろうけど、こうして一枚におさめてしまえば思い出せる、何度でも。
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