12 共有
俺が一人でショットバーに行った翌朝、朝食をとりながらジュノがこう言ってきた。
「位置共有アプリ入れない? お互いの場所がわかった方が何かと便利だし、もしもの時も迎えに行ってあげられる」
「そうだね。食べたら入れようか」
また、何かのきっかけで記憶を失くすかもしれない。連絡先はジュノしかないから、もしそうなっても手がかりになるとは思うが、連絡をするという発想にならないかもしれない。
それに、ジュノの位置もわかる。きっとそんなことはないと信じているけど、他の男のところに行っていないかどうか監視ができる。
アプリをインストールし、動作を確認してみた後は、ジュノは仕事。俺は掃除をすることにした。窓が汚れているのが気になったので、扉越しにジュノに声をかけた。
「ねえ、窓拭きたいんだけど。掃除用具ある?」
「……えっと、そういうの何もない。っていうかそこまでしなくていいよ?」
「俺がやりたいの。買ってくるね」
「場所わかる?」
「地図アプリ見ながら行くから大丈夫!」
俺はドラッグストアに向かった。いつものスーパーとは反対側の道だ。どの風景を見ても、初めてだという気しかしなくて。思い出せないのか、本当に来たことがないのかハッキリしなくて。歯がゆいのだが、今はとにかく窓掃除だ。十分くらいかけて到着した。
目的の雑巾や窓用洗剤をカゴに入れた後、せっかくなのでぐるりと売り場を一周してみた。俺が日常的に使っていた製品があるかもしれないと思ったのだ。今は全てジュノのものを使っている。
――わかんねぇ。シャンプーとかリンスとか、どうしてたんだ?
俺は伸びている前髪を触った。特に傷んではいないから、それなりにケアはしていたはず。しかし、この鬱陶しい長さというのは気になる。どんな職に就いていたのか。まさか無職だったのか。せめて学生であってほしい。
外に出たついでに昼食も調達しておいた方がいいかと思い、ドラッグストアで会計を済ませた後ジュノに電話した。
「あのさ、お昼買ってこようと思うんだけど何がいい?」
「コンビニのパスタかなぁ。種類は何でもいいよ」
「わかった」
コンビニにはナポリタンと和風パスタがあったので、両方買ってジュノに選んでもらうことにした。
帰宅すると、ジュノはリビングにいた。
「メイの位置見てた。やっぱり便利だね」
「そうだね。どっちか選んで」
ジュノはナポリタンを選んだ。食べながら、俺は言った。
「昨日、マスターにはさ、失業してジュノの家に厄介になってるって説明した。まあ、実際仕事してないし。俺けっこう上手く言えたでしょ?」
「うん。ただ、家事はキッチリやってもらってるからさ。立派な仕事だよ」
家事は、一人で寝室にこもっていても気が滅入るからやっているだけであって、仕事とまでは思っていなかったのだが。ジュノにそう評価されているのだから誇るべきだろう。
「そうだメイ。思いついたことがあるんだけど」
「何?」
「あちこち遠出してみない? 写真じゃわからなくても、現地に行けば思い出すこともあるかも。僕の仕事も落ち着いてきたし、車借りてどこか行こうよ」
「いいね!」
車、と聞いて俺は考えた。そういえば、運転……できるような気がする。
「ジュノ。俺、車の免許は持ってるかも」
「そっか。でも財布には免許証入ってなかったよね」
「なんでだろう。やっぱり、その、アレかな……」
身元がわかるものを持ち歩いていなかったということは、つまり、何かをしでかして追われているのだろうか。ジュノが言った。
「まあ……色んな可能性は思いつくよね。財布二つ持ってて分けてたとか」
「そうだといいけど」
「そんなに暗い顔しないで。どこ行きたいか、候補決めといて」
食べ終わり、窓を拭きながら、俺は考えを巡らせた。わかりやすい観光地に行ってみるか。自然に触れてみるか。買った洗剤はよく効くのか、汚れはするすると落ちていき、ジュノの仕事部屋以外を完璧に磨き上げた頃には心が決まった。
「ふぅ……休憩。コーヒー飲みたい」
そう言って、ジュノが仕事部屋から出てきた。
「俺も飲む。作るよ」
「うん……って窓! ピカピカだ!」
「えへへ、かなり違うでしょ」
「けっこう汚れてたんだね、恥ずかしい……」
仕事の休憩中。早く飲める方がいいだろう。俺はドリップコーヒーにした。
「ねえ、ジュノ。行きたいとこ決まった」
「どこ?」
「海!」
「なるほど」
海のイメージならすぐ思い浮かべることができた。そして、実際匂いをかいだり海水を触ってみたりすれば、視覚以外の情報から何かを得られるかもしれないと思ったのだ。タバコの香りは覚えていた、というのも大きな理由。
「ジュノ、いつ行けそう?」
「七月に入ってすぐかな。海開きはまだだけど、人が少ないから丁度いいかもね」
その夜、俺がベッドで待っていると、ジュノは二つのリストバンドにチェーンが繋がっているようなものを持ってきた。
「ジュノ、それ何?」
「ふふっ……手錠」
「えっ、俺につけたいの?」
「逆。つけてほしいの」
「……もう」
薄々感じていた。最初こそジュノのリードだったが、彼にはちょっぴり……被虐心がある。
「じゃあさ、具体的にどうされたいか俺に説明して?」
「うん……」
相手の自由を奪うということに、興奮している自分が確かにいて、そういう意味でも俺たちの相性はいいのだと改めて感じた。
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