06 恋人

 ジュノさんとしっかり手を繋ぎながらマンションに帰ってきた。リビングのソファで身体を休めることにした。ジュノさんはペットボトルの水を差し出してくれた。


「二日酔い予防。しっかり飲んで」

「はい……」


 それから、ジュノさんはトイレに行ったようだった。言われた通り、少しずつ水分を補給した。こういう時――スマホをいじって気を紛らせていたような気がするのだが――とすると、やはり俺はスマホを持っていたのだろう。あのショットバーはなかった。どこで落としたのだろう。それとも、家に置きっぱなしにしていたのか。


「お待たせ。メイくん、気分はどう?」

「大丈夫です」


 ジュノさんは俺の隣に腰かけた。


「手がかり、なかったね」

「そうですね。あの、気になったんですけど。ジュノさんから見て、昨日の俺と記憶を失くしてからの俺、性格変わってます?」

「変わってるね。昨日はなんていうか、その、もっとやんちゃだった」


 自分からジュノさんを誘ったということがどうにも信じられない。


「ジュノさん……嘘、ついてないですよね?」

「ついてないよ。メイくんと僕があのバーで出会ったのは本当だよ。マスターも覚えててくれたでしょう?」


 確かにそうだった。それに、嘘をついたところでジュノさんにメリットはない。一夜の相手だった俺にここまでよくしてくれている。これ以上ジュノさんを疑うのはやめることにした。


「さて、メイくん。今日はもう寝よう。どうする? お湯、つかりたい?」

「いえ……シャワーでさっと流すだけでいいです」

「わかった。先に入ってきなよ」


 俺は、ジュノさんの手の甲をさすった。


「その……一緒にじゃダメですか?」

「可愛いこと言ってくれるね。いいよ」


 ジュノさんにそんなことを言ったのは、隠すことができていないであろう想いの他に、もう一つ理由があった。


「ジュノさん、俺の身体、よく見てみてくれます? 傷痕とかアザとかないですかね」

「ん……確かめてみようか」


 二回……いや、三回セックスをした仲だ。裸体を観察されることにそこまで羞恥心はなかった。


「うん……いい身体してるね」

「ジュノさんはけっこう細いですよね」

「僕は太れなくてね」


 明るいところでじっくり見てもらったのだが、どうやら俺が期待するような特徴はなかったようだ。


「あっ、ちょっと待って」


 ジュノさんが俺の耳たぶを触った。


「ピアスの穴開いてる。左右に一つずつ」

「昨日はつけてなかったんですね」


 だが、それだけ。一向に前進した感じはしなかった。


「メイくん、洗ってあげる」


 優しくボディーソープをつけられ、身体の隅々まで洗ってもらった。


「昨日も、一緒にシャワー浴びたんですか?」

「いや、別々だったよ。メイくんが先。僕が準備してる間、メイくんはベッドで待っててくれたみたい」

「じゃあ、今回が初めてのシャワーですか?」

「そういうこと。楽しいね。ほら……反応しちゃってる」


 かあっと頬が熱くなった。まだ泡がついているというのに、ジュノさんはキスをしてきた。


「あっ……」

「今日は二回もしたし……もうやめておこうと思ったんだけど……ごめん、止まらないかも」


 ぬるぬるになった身体をすり合わせ、さらにキスを重ねた。俺だって止められなかった。そして、また交わってしまったわけだ。


「やっぱり、メイくんって遊んでたんじゃない? こんなに欲しがるなんてさ」

「そうかも、です……」


 情事の後のベッドの上で、僕たちは並んで横たわり、見つめ合っていた。明らかに俺は自分から求めるようになってしまっている。これが元々の性質なのだろう。


「妬けるなぁ。メイくんの童貞奪ったのが本当に僕だったらよかったのに」

「ジュノさんこそ、俺が初めてじゃないんでしょう? 最初は……いつだったんですか?」

「ふふっ、気になる?」

「あっ……聞いたら、悲しくなりそうだから。やっぱりやめておきます」


 ジュノさんは両手で俺の頬を包んできた。もう興奮は収まった。今感じているのは静かな安息感だ。


「ジュノさん。俺の過去に何があっても、僕のこと好きでいてくれますか?」

「うん。僕はメイくんの全てを受け入れる。例え人を殺してたり埋めたりしてても」

「どうしてそこまで、俺のこと……」

「僕だってわからないんだ。理由がつけられない。この気持ちは」


 ぴちゃり、と唇を舐められた。


「ジュノさん……俺も、好きです」

「ねえ、せめて記憶が戻るまでの間だけ、恋人でいてくれない? 敬語はナシ。呼び捨てにしてよ、メイ」

「わかった、ジュノ……」


 俺はジュノの唇を貪った。頭のどこかではわかっていた。これはきっと吊り橋効果で、不安な時に側にいたのが彼だったから好きになったのだと。しかし、理性より感情が上回っていた。ジュノも俺のことが好き。だったら……過去なんて構わない。今はこの人と触れ合っていたい。


「ジュノ、ジュノ……」

「ん……今日はもうおしまい。お酒も入ってるしね。明日からまた、色々考えないといけないし。僕が見守ってあげるから、しっかり眠るんだよ、メイ」


 ジュノの言うことは間違いがない。おそらく年上なのだろうし、大人しく従った方がジュノも褒めてくれるだろう。


「おやすみ、ジュノ」

「おやすみ」


 それが、恋人となった初めての夜だった。

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