02 部屋
少しの時間、眠ることができたみたいだ。目覚めると頭痛はかなり弱まっており、すぐに身を起こすことができた。ジュノさんはいなかった。
改めて今いる部屋をぐるりと眺めた。寝ていたベッドは大きい。ダブルだろうか。シーツの色はアイボリーで、かけられていたブランケットはベージュ。
木の家具がいくつか置いてあった。色調はダークブラウンでまとめられており、落ち着いた印象だ。おそらくあれは備え付けのクローゼットだろう、取っ手のついた戸もあった。
確かここはマンションだと説明された。ならばかなり高級な部類だと感じた。ここは寝室とみなしてもよさそうなのだが、かなり広いのだ。
そういう感覚を持ち合わせているということは、俺が住んでいた場所はもう少し狭いところだったのだろう。こうして手がかりを掴んでいくしかない。
俺は寝室を出て廊下に出た。いくつか扉があったが、リビングの場所は覚えていたのでそちらに向かった。ジュノさんがいるとしたらここだと思ったのだ。
「ああ、起きたの。気分はどう?」
「良くなりました」
ジュノさんは、黒いソファに座ってマグカップで何かを飲んでいた。まずは全裸なのをどうにかしたかった俺は、ジュノさんに尋ねた。
「あの、俺の服……」
「汚れてたから勝手に洗わせてもらってるよ。代わりに僕の服用意してる。新品じゃなくてごめんね。僕たち背格好は似てるから着れると思う」
ジュノさんはソファに置いていた服一式を手渡してくれた。下着、白い半袖のTシャツ、柔らかい素材のグレーのズボン。着てみると、ぴったりだった。
「ジュノさんって身長何センチですか?」
「百七十五センチ」
「じゃあ俺もそれくらいってことですか……」
そして今度はリビングの確認だ。ジュノさんが座っているソファの前にはガラスのローテーブルが置いてあり、大きな壁掛けテレビがあった。画面は今は消されている。
ダイニングテーブルがあった。椅子は二脚、向かい合うように置かれていた。カウンターキッチンがあり、冷蔵庫や食器棚が見えた。
「まあ、メイくん座りなよ」
「は、はい」
俺はジュノさんの隣に腰掛けた。ずん、とソファが深く沈んだ。
「メイくん、記憶は戻った?」
「全くです……未だにその、メイっていう名前も慣れないです」
「そっかぁ。寝てもダメか。どうしたらいいんだろうねぇ……」
カギがあっても帰る場所がわからなければ意味がない。スマホがないから誰かに連絡もできない。
せめて名字だけでも思い出せたらいいのかもしれない。しかし、そもそもメイというのが本名なのかも定かではない。昨日の自分がジュノさんに偽名を名乗っていた可能性がある。
「メイくん、何か飲む? といっても種類あまりないんだ。コーヒーか紅茶か水」
「コーヒーで」
即答できたことに驚いた。さっきの三択で俺はこれを選ぶのか。ジュノさんはさらに聞いてきた。
「アイス? ホット? ミルクはないんだ、砂糖ならある」
「えっと……ホットのブラックですね」
「わかった」
ジュノさんは立ち上がり、キッチンに行った。待っている間、俺は自分の手や足を見たり触ったりしていた。特徴的なところはなかった。爪は短く切られていて、体毛は男としては普通に生えている部類だろう。
「お待たせ。ドリップだから味はまあ普通だと思うよ」
そう言ってジュノさんがローテーブルにマグカップを置き、俺の隣に座った。コーヒーの味は確かに普通。胃に飲み物を入れたせいか、空腹に気付いたが、直接言い出すのが恥ずかしくて質問に変えた。
「あの、今何時くらいですかね」
「ん?」
ジュノさんが、壁掛けテレビの上に視線を向けた。俺もつられてそちらを見た。そこに時計があったことにその時気付いた。
「……十二時半か。ちなみに昼ね。そろそろお腹すいてる?」
「は、はい」
「冷凍食品でよければいくつかあるよ。メイくんも色々不安だろうけど、とにかく食べてから考えようか」
俺は冷凍庫の中を見せてもらった。カルボナーラがあったのでそれにしてもらった。電子レンジは一つだけ。先に俺の分を温めてもらった。
「先に食べてていいよ」
「済みません……頂きます」
ジュノさんは箸と麦茶を入れたコップもダイニングテーブルの上に置いてくれた。俺が半分ほど食べたところでジュノさんの明太子パスタが温まった。
俺とジュノさんは向かい合ってそれぞれのパスタを食べた。俺が先に食べ終わり、麦茶を飲んでいるとジュノさんが言った。
「大変な状況だから、こんなこと言っちゃいけないかもしれないけど……誰かと一緒にする食事はいいね。僕、ずっと一人だったからさ」
「そうですか……」
ジュノさんの年齢が気になってきた。顔から受けた印象では二十代後半なのだが、落ち着きっぷりから察するに三十代なのかもしれない。
ジュノさんは食べ終わってゴミを片付け、箸とコップを食洗機に入れた後、リビングから出られるベランダに行った。タバコだった。俺はソファに座って待っていた。
「……さて、メイくん。今後のこと、話そうか」
タバコの香りをまとったメイさんが俺の隣に腰掛けてきた。
――あれ、これは知ってる。この匂いはなんだか、懐かしい。
「メイくん、どうしたの? まだ頭痛い?」
「あっ、いえ……考えないと、ですよね」
まずは何からだろうか。
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