03 条件
ジュノさんはまず、こう言った。
「行くべきは病院か警察かもしれないけど、自力で思い出せるか頑張ってみてからの方がいいと思う」
「なぜです?」
「君がもし犯罪者だったとしたらどうする?」
ジュノさんは咳払いをして続けた。
「ショットバーで、メイくんはけっこう酔っていて、俺は人に言えないようなことしてきたから、って口走ってたんだよ」
「えっ……」
「詳しく聞いたら、はぐらかされた」
――罪。
俺の心にふつふつと湧いたのは、理由のわからない後悔だった。
「俺……何か、してる気がします……」
「うん……しばらく面倒見てあげるから。一緒に記憶戻る方法探そう」
それを聞いて、俺はぶんぶんと手を振った。
「それは悪いですよ! 俺とは、その……昨日知り合ったところなんでしょう? 財布に二万円くらいは入ってましたから、それで何とか」
「そんなのすぐ使い果たすよ。それに、条件つけるから」
「条件?」
ジュノさんは俺の頭に軽く手を置いた。
「毎日セックスさせて」
「……えっ」
固まってしまった。
「相性良かったんだよね。メイくんが覚えてないなんて残念だよ」
「その、あの、セックスって、どうやれば」
「ん……僕はタチもネコもできるから相手に合わせてて、メイくんはバリタチだったから」
「待ってください、わかりません」
「用語も忘れちゃった?」
その通り、何が何だかわからない。
「えっと……メイくんが挿入する方ね」
「ジュノさんに?」
「そう。昨日確かにしたんだよ。ゴムも見せたでしょう?」
ということは、あの中にあったのは俺の精液らしい。
「ジュノさん、本気ですか? 名前も本当かわからない、犯罪者かもしれない俺を?」
「うん……だって。好きになっちゃったんだもん」
くいっとアゴに手を添えられた。
「ジュノ、さん……」
「身体だけでいいから。セックスさえさせてくれれば、メイくんの記憶が戻るように何でもするから。ねっ?」
そして、ゆっくりと唇を重ねられた。ジュノさんの舌が入ってきて怖気づいてしまったのだが、俺の方から引き離すことができず、されるがままになってしまった。
「んっ……あっ……」
「キスの仕方も忘れちゃったか。可愛い。初めての子みたい」
このまま流されていいのか、必死に考えを巡らせた。俺に惚れたらしいが果たして本当なのか。毎日セックスするという条件を受け入れられるのか。
どのみち……俺には行くアテがない。
「わかりました……条件、飲みます」
「ありがとう。ねえ、今のメイくんはどうやってセックスするかってこともわかってないんだよね」
「はい……」
「そっかぁ……今からする?」
「えっ……」
ジュノさんは俺の手を掴んで自分の股間にあててきた。
「僕、感じやすいからさ、キスだけでこうなっちゃうんだよ」
「あっ……うっ……」
心の準備ができないまま、俺は寝室に連れて行かれた。それからは全てジュノさんに教えてもらった。俺は終始受け身で、一方的に与えられた。
「ふふっ……童貞奪えた気分だよ」
そう言って、ジュノさんはベッドの上で微笑んだ。
「こんなので……良かったんですか」
「メイくんは良くなかったの?」
「その……気持ち良かったです」
「可愛い声出してたもんね?」
「言わないでください……」
それから、ジュノさんはベッドをおりて、床に散らばっていた服を拾って着始めた。
「タバコ吸ってくるよ」
「あのっ……俺も一本貰っていいですか?」
「ん? メイくんバーでも吸ってなかったよ」
「あの香り、なんだか懐かしくて。試せるものは何でも試してみたいんです」
ジュノさんのタバコはマルボロというものだった。赤い箱だ。一本咥えて、ライターで火をつけようとしたのだが、なかなか上手くいかなかった。ジュノさんが言った。
「息、吸い込みながらつけるんだよ」
なるほど。その通りにやったらできた。
「けほっ……」
一発でむせてしまった。どうやら俺に喫煙の習慣はなかったらしい。
「メイくん、何か思い出せそう?」
「ダメですね。ただ、この香りを知ってるってことと、自分は吸ってなかったってことくらいしか」
「そうかぁ……」
セックスだって、初めての感覚だという気しかしなかった。
「ジュノさん、昨日の俺は、どんな風にジュノさんとしてたんですか?」
「積極的だったよ。尽くしてくれた。だから、慣れてる子だと思ってた」
「そうですか……」
タバコは最後まで吸えなかった。途中でジュノさんに奪われたのである。
「無理して吸っちゃダメ。これが記憶のトリガーにならないってことがわかったから十分だよ」
「はい……」
俺が口をつけたタバコをそのまま吸うジュノさん。それ以上の行為を先ほどしてしまったくせに、何だか恥ずかしくなってしまった。
「じゃあ、改めて今後のこと考えようか、メイくん」
「はい」
そして、リビングに戻り、ソファに座った。
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