焦がす
それから少しして、玉坂の家は取り壊された。秋にやってきた台風の被害に遭ったのだ。直撃した大型の台風は屋根の一部を吹き飛ばし、庭を冠水させ、サルスベリの樹を稲妻が焦がしたらしい。
偶然と言うか、幸いにと言うか、それは僕が玉坂の家から実家に戻った半月後のことだったので人的な被害はなくて、だから修繕の話が持ち上がる間もなくすぐに取り壊しが決定された。
ユリさんの小さな仏壇は叔母の家に移された。いつでも拝みに来てねと言われたものの、なんとなく足が向かず、心のどこかにユリさんの存在がつかえたままで冬を迎えようとしている。
「これで良かったのかもね」
エビの殻を剥きながら流しに向かったままの母が言う。何の話か言われなくても分かるもので、母も同じようにユリさんの事を気にしているのだ。
来年、と言いかけて言葉を飲み込む。次の夏、ユリさんは叔母の家に現れるのだろうか。それとも、あの土地に?
「ちゃんと残さないように剥いてね」
僕は手元に広がる栗の実と鬼皮に目線を落とす。大ぶりのものは取り分けて渋皮煮にして、残りは渋皮をきれいに剥いてから煮物に混ぜるのだ。この立派な栗の実は玉坂の家のご近所から頂いた物だという。
更地になったあの土地を僕はまだ目にしていない。
だから頭の中に思い描く玉坂の家はこの夏に訪れた時のままで、夏服を来たままのユリさんが、たっぷりの緑に包まれた夏の色をした庭の真ん中で、いたずらっぽく笑って見せるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます