焦がす

 それから少しして、玉坂の家は取り壊された。秋にやってきた台風の被害に遭ったのだ。直撃した大型の台風は屋根の一部を吹き飛ばし、庭を冠水させ、サルスベリの樹を稲妻が焦がしたらしい。

 偶然と言うか、幸いにと言うか、それは僕が玉坂の家から実家に戻った半月後のことだったので人的な被害はなくて、だから修繕の話が持ち上がる間もなくすぐに取り壊しが決定された。

 ユリさんの小さな仏壇は叔母の家に移された。いつでも拝みに来てねと言われたものの、なんとなく足が向かず、心のどこかにユリさんの存在がつかえたままで冬を迎えようとしている。

「これで良かったのかもね」

 エビの殻を剥きながら流しに向かったままの母が言う。何の話か言われなくても分かるもので、母も同じようにユリさんの事を気にしているのだ。

 来年、と言いかけて言葉を飲み込む。次の夏、ユリさんは叔母の家に現れるのだろうか。それとも、あの土地に?

「ちゃんと残さないように剥いてね」

 僕は手元に広がる栗の実と鬼皮に目線を落とす。大ぶりのものは取り分けて渋皮煮にして、残りは渋皮をきれいに剥いてから煮物に混ぜるのだ。この立派な栗の実は玉坂の家のご近所から頂いた物だという。

 更地になったあの土地を僕はまだ目にしていない。

 だから頭の中に思い描く玉坂の家はこの夏に訪れた時のままで、夏服を来たままのユリさんが、たっぷりの緑に包まれた夏の色をした庭の真ん中で、いたずらっぽく笑って見せるのだ。

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