鉱物

 ユリさんは陽に透かして見た時の水晶のように儚げな輪郭を保っている。庭で、梔子の葉の上に停まった薄青い羽の蝶々をじっと見ていて、その中腰のままの髪を風が揺らしているようだった。

 テレビの予報によれば、どうやら台風が近付いている。

 だんだんと方向を定めつつある円の連なりに、そろそろ表の排水溝でも見ておくかと、家の外に出た。すると、板塀の足元に沿って赤色のラインができている。顔を近づけてみればそれはサルスベリの花が落ちたものだ。排水溝に詰まったら困る。僕は玄関に取って返すと竹箒を掴んで戻った。

 赤い塊を集める。風が散らして行く前に集めてビニール袋に入れていく。繰り返しているうちにおおよそ片付き、排水溝の方も何とかなりそうだ。

「こんにちは」

 小さなタオルハンカチで顔の汗を拭っていると、声がかかる。振り返るとどこかで見たことのある人が立っていて、頭の中のイメージと、目の前の人の姿が一致するまでは数秒の間ができた。

「……あ、小川さんだ」

 海の側で出逢った人に家の前で遭遇すると認識にバグが起きるものだ。それに、何故だか記憶の中の小川さんとは顔が違うように思える。

「近くまで来たので。お線香をあげさせて貰おうと思って」

「どうぞ。上がって行ってください」

 玄関の戸を開けながら、ユリさんはまだ庭にいるんだろうか、と思う。

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