自由研究
灯台の中は当たり前だけどごく普通の空間で、白い壁と淡い灰色の床に囲まれた部屋に、事務机や書類棚が並ぶ。壁に船の航行するルートが図解されたものが貼ってある辺りはそれっぽいと思えたけれど、窓の外に海が見えていなければ、例えば土木関係の事務所だと言われたら納得してしまう。
「どうぞ」
通されたソファに腰掛けて部屋を見回していた僕の前に汗をかいたグラスが置かれる。
ユリさんと瓜二つに見えた彼女は小川さんといって、よく見ればそれなりの年齢を重ねた顔をしていた。たぶん、化粧っ気がないから幼く映ったのだと思う。
長いことこの事務所に勤めているらしく、今は職員の夏季休暇が重なって、ほとんど人がいないそうだ。まるで小川さんのプライベートスペースに迷い込んだような気になる。
「懐かしいなぁ、ユリちゃん。でもまさか亡くなっていたなんてね」
そう言って目を伏せた小川さんの横顔はやっぱりユリさんに似ていて、もしユリさんが生きていたら、本当にそっくりなまま年齢を重ねていたのかも知れない。
まさか毎年夏になると姿を現すとも言えず、黙ったままグラスに手を伸ばした。ひんやりした感触に人心地つく。
「小学生の頃、自由研究で灯台から定点観測した海の写真を撮ろうと思ったのがきっかけでね。まさか将来的にその場所に勤めるようになるとは思わなかったよ」
「そうでしたか」
事務所の壁にはギターが立てかけてあって、僕の視線を追ったらしい小川さんが、あぁ、と言った。
「ユリちゃんも私と同じだったんだよ。最初は夏休みの自由研究の課題を探しにここへ来たの」
「なるほど」
小川さんは、ふっと静かに笑い声を漏らして、言葉を続ける。
「それで、彼女の場合はギターを覚えて帰ったの」
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