蚊取り線香

 朝晩は網戸を、昼日中はそれこそ窓を閉め切っているのにも関わらず、部屋の中に蚊が現れるのはどうしてだろうか。

 当然と言えば当然なんだけど、そうなると蚊は僕のみを狙ってくることになる。のびのびとだらしなく寝転がってウクレレをつま弾いているユリさんの存在が蚊に認識されないのは、大変に不公平だと思う。

 パチン、と腕を叩く。

 ユリさんはじゃらんと音を立ててその余韻に聞き惚れるように目を瞑る。冬にここへ来た時、ユリさんのギターもウクレレも見当たらなかったように思う。

 生前のユリさんを写したスナップは何枚か見たことがあり、三姉妹の中でも時折りギターを抱える事があるのはユリさんだけだった。昔から器用な性質で、いつの間にか何処かで習得して来ていたのだと言う。

「ユリさんて、部活とかやってたの?」

「急に何の話?」

 腕に痒み止めを塗りつけながら尋ねる。

「そのウクレレとかって、どこで教わったの?」

 ストレートに尋ねてみれば、さも心外だという顔をこちらに向けた。それから、頬を膨らます。

「なぁに、それ。ちっとも面白くない」

 反動をつけて起き上がると、そのままの勢いで庭に続く掃き出し窓をガラリと開き、外へ出て行く。

 庭に立つユリさんの背中に葉陰が踊る。僕は蚊取り線香に火をつけて、煙の揺らめきを眺めた。

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