「昔、あの岬の上に灯台があってね」

 駅前で待ち合わせた母は久しぶりに会うなりそう話を切り出した。久しぶりと言ってもたかだか二週間。けれど、毎朝毎晩顔を合わせていた身としては、不思議と懐かしく感じるものなのだ。

 母の言う「あの岬」は今ここから見える訳ではない。それにもかかわらず、騒がしいチェーン店のカフェでガラスのコップに入ったフローズンヨーグルトを掻き回しながら、母はわずかに顎をしゃくる。その方向から推察しなくても岬なんてそうそうあるものでもないから、僕にもそれなりに分かる。

「ユリがね」

「……ユリさんが?」

 思わぬところでユリさんの名前が出た。つい身を乗り出してしまって、ごまかすようにアイスカフェラテのストローを噛む。

「たまにあの灯台に出入りしてたらしいの。ひとりで。こっそりと」

 想像の中で、いつものノンスリーブのブラウスと淡い水色のハーフパンツを身につけたユリさんが、キョロキョロと辺りを見回しながら岬の階段を登って行く。わずかな駆け足。足元はなぜかサンダルをつっかけている。ユリさんは灯台に着くとドアノブに手を伸ばし、再度、辺りを確認する。その度に長い髪がしなやかに動き、陽の光を反射してとても綺麗だ。

「何があったのかしらねぇ」

「そうだね、気になるね」

 生返事をする僕の頭の中で、人差し指を立てたユリさんがそれを口元にかざし、イタズラっぽい笑みをこぼした。

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