琥珀糖

 水族館の土産に琥珀糖を買った。海を連想させる青色の濃淡のある塊をいくつか皿に乗せて、それを持って広縁に出る。

 思い付いて、用意したグラスを氷とソーダ水で満たす。その中に琥珀糖をひとつふたつ放り込めば、涼しげな夏の飲み物になった。

「なぁに、それ」

 声がした。顔をあげるとユリさんがいて、板の間にぺたりと横座りしたままの姿勢でこちらを覗き込んでいる。

 昨年の夏に見たのと同じ、ノンスリーブのブラウスと淡い水色のハーフパンツを身につけている。薄い生地越しに肌の色が透けてみえる。白い手脚は伸びやかで、タレ目がちの目尻の角度は遺影の中に微笑む姿とも変わらない。

 ユリさんは、僕の母を長女とした三姉妹の真ん中に生まれて、そしていちばん先に亡くなった。

 祖母と祖父を見送ったあと、遺品の整理にと数年ぶりにこの家を訪れた僕らは、七月のひと月だけ現れるユリさんと邂逅することになる。生前の姿のままでふらりと現れたユリさんは、当たり前のように微笑み、食べ物や飲み物を口にし、眠って起きて本を読む。ただその存在だけが不確かで、時折り煙のように揺らいでは僕らを慌てさせた。

 はじめは恐々だった母や叔母もだんだんとその存在に慣れていき、森羅万象の見せる幻のようなユリさんの姿を受け入れている。


「琥珀糖ソーダ。飲む?」

 飲むー、と伸ばした語尾は健やか。僕は伸びをしがてら立ち上がると、ユリさんの分のグラスを取りに台所へ向かう。

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