第5話 魔境への移住準備
思わぬ形で俺の転職が決まった――のか?
アパートに戻ってからベッドへと横になり、天井を眺めながらこれまでの経緯を思い返していると、あれが現実だったのかっていう疑念が浮かんできた。
そりゃそうだ。
あんな話……普通なら到底信じられない。
けど、仮にあの話が全部嘘でドッキリであったとしても今の仕事を辞めるきっかけにはちょうどいいな。
正直、あんな風に話を持ってきてくれなかったらズルズルと続けていただろうし、これを良い機会として本格的に転職活動を始めよう。
そう結論付けた俺は明日から本格的に動きだすため寝ることにしたのだが……いろいろと考えすぎてあまり眠れなかった。
次の日から身辺の整理を開始する。
まず会社だが、退職代行サービスを利用することにした。
あの上司だとなんやかんやはぐらかして退職届を受け取らない可能性もあるため、ここはプロにやってもらおう。
それからアパートも出ていく。
創造神とやらの発言をどこまで信用していいのやら分からないが、とりあえず社員寮はあるらしいのでそっちに移住だ。
……なんか、だんだんと楽しくなってきた。
これまで散々「辞めてやる!」って決意を固めていたのにいざとなったら臆して何も言えないの繰り返し。それで十年も経っているんだから笑えないよな。
ただ、例のキャンプ場へ行ってからは今までの遠慮とかがバカらしく思えてくるくらい何もかもがスムーズに進んでいった。
退職の手続きだって俺は何もしなくてよかったし、アパートの引き払いもつつがなく進行していった。
やっぱり大事なのは行動だよなぁ。
やろうと思って重い腰をあげれば案外どうとでもなっちゃうもんだ。
話が進めば進むほど、気持ちが軽くなっていく感覚になる。
これからはもうあの職場に行かなくていいんだっていうのがデカいんだろうな。
……まあ、すべて片付いてあのキャンプ場へ行ったら何もなかったって陳腐なホラー的オチが待っていたとしても問題ない。
新しいことを始める土台ができたんだ。
狐に化かされたとしても喜んで受け入れるよ。
◇◇◇
結論から言うと、陳腐なホラー的オチはあっさりと回避された。
キャンプ場は健在だったし、訪ねていったら竜崎くんが元気に働いていたのだ。
「あれ? 矢凪さん? どうしたんすか? もう準備できたんすか?」
両手で重そうなダンボールを抱えている竜崎くんが不思議そうに尋ねてくる。
「いや、明日にはすべて終わる予定だ。今日はたまたま近くを通ったんで寄ってみたんだけど……重そうだね。何が入っているんだい?」
「野菜っす。【もっくす】で売るんすよ」
「【もっくす】?」
「野菜の直売場っすよ」
そういえばこの近くにあったな。
いわゆる道の駅ってヤツだ。
この町って不思議だよなぁ。
割と田舎なのに高速のインターまであるし、無駄にデカいビジネスホテルも建っている。
そして異世界へと通じるトンネルまで……どうなってんだよ、ホント。
ついには野菜を作って道の駅で売るなんて――待てよ。
「竜崎くん……その野菜ってどこで育てたの?」
「あっちの世界っすよ?」
「それ売って大丈夫なの!?」
「基本的にあっちもこっちも諸々大差ないっすよ? 同じ神様の創った世界なんで」
そういう理屈なのか?
うーん……一度直に会った際、いろいろツッコミを――いや、話を聞いてみたいな。
あと、やっぱり夢とかホラーオチじゃなくてよかった。
これで心置きなく転職できるよ。
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