第3話 異世界への転職相談会

 管理事務所は俺と竜崎くん以外誰もおらず、静まり返っていた。


「さて、と。まずは何から知りたいっすか?」


 到着早々そう尋ねられる。

 正直言って、あれが夢じゃないとしたら……知りたいことだらけだ。


「あの創造神というのは何者なんだい?」

「その名の通りっすよ。たぶん、矢凪さんが思い描く創造神ってヤツそのまま」


 俺が思い描く創造神……


「まさか、この世界を創った神様だった?」

「大正解!」


 正解しちゃったよ。

 いや、創造神って言ったら大体そういうの思い浮かべるよな。


「創造神ルナレナ様……それがあの方の名前っす」

「ルナレナ様、か。随分と可愛らしい名前だな」

「本人は気に入っているみたいっすよ。まあ、自分で名付けたらしいから当然っすかね」


 意外と可愛い系が趣味なのか、あの神様。

 その割に話し方は威厳たっぷりだったけど。


「ルナレナ様は矢凪さんが住んでいる世界と俺の住んでいる世界――このふたつを創造し、管理しているっす」

「ちょっと待った。俺の住んでいる世界って言った?」

「そうっすよ。その証拠に……ほら」


 おもむろに前髪をかきあげる竜崎くん。

 それにより、隠れていた彼の目を確認できたのだが……俺は思わず絶句した。


 彼の目は人間のものではなかった。

 たとえるなら爬虫類の目が近いだろうか。


「ご覧の通り、俺は人間ではなく聖竜族という種族で、トンネルの先にある世界の出身なんすよ。あっ、一応言っておくとこれ自前の目っすからね。カラコンとかじゃないっすよ?」

「聖竜族……トンネルの先にある世界……」


 次々と押し寄せる信じがたい情報の波。

 溺れそうになりながらも、俺は何とか食らいついてさらに質問を続けた。


「じゃ、じゃあ、あのトンネルの先――俺たちがキャンプをした場所というのは今いる世界とは別の世界ってことか?」

「そうっす。こちらの世界の言葉で分かりやすくたとえるなら異世界っていうのが妥当っすかねぇ」

「なら、あのトンネルを通れば誰でも異世界とこちらの世界を往復できるのか?」

「それは無理っす。あのトンネルを通れる人間は両方の世界を通じて矢凪さんだけっす。それが以外の人がトンネルを通っても別の道に行きつくだけっすね」

「えぇっ!?」


 マジかよ。

 でも、待てよ……そうか。

 それが創造神ルナレナの言っていた「資格」なのか。


 それにしても……異世界、か。

 ラノベやマンガでしか耳にしないが、あのトンネルの先がそうだったなんて。


 しかも、転職先の勤務地がそこになるんだろう?

 

 あまりにも荒唐無稽な話だったので疑いを持っていたが、竜崎くんの瞳を見て一気に現実味を帯びてきたな。


 ……でも、これはいい転機だ。

 どうせあの会社に残ったって未来はない。

 ちょっとでも不景気の波が高くなればあっさり飲み込まれるレベル。

 確かに再就職は難しいかもしれないが、だからって必死にしがみつくのもバカらしくなってくる。


 これを機に人生を変えるくらいの気持ちで挑んでみよう。

 あと、キャンプ楽しかったし。

 さすがに昨日みたいな生活ばかり送れるとは思わないけど、環境的にはだいぶ違うからな。


「……竜崎くん」

「なんすか?」

「俺はいつから働ける?」


 俺がようやく働く意思を示すと、彼は口を半開きにして少しの間だけ硬直。

 それから嬉しそうに説明をしてくれた。


「うちはいつでもいいんすけど、矢凪さんは前の職場との兼ね合いもあってすぐにとはいかないっすよね?」

「そうだな。あっちで暮らせるならアパートも引き払わないといけないし……来月の一日からでどうだろう?」

「分かったっす。では、ルナレア様にもそう伝えておきますね。――そうそう。近々そのルナレナ様と直接お会いしてもらいたいんすけど、空いている日を教えてもらっていいっすか?」

「まだ何とも言えないけど……そうだ。連絡先を交換しよう。それならすぐに連絡が取れるようになるし」

「そっすね。了解っす」

 

 トントン拍子に進んでいく転職話。

 たぶん、日本で――いや、世界でもっともとんでもない転職を果たしているのは俺だろう。


 何せ勤務先が異世界の魔境だからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る