第2話 不思議な夢

 生まれて初めてテントで過ごす夜。

 俺は夢を見た。


 何もない空間をフヨフヨと漂う。

水面に浮かぶ木の葉になった気分だ。


 普通、夢というのはなかなかそれが夢だと実感しないものだが、なぜか俺は今起きている事態が夢であると確信している。


 だから、この状況がおかしいと即座に感じ、なんとか目覚めようとするのだがうまくいかない。


 しばらくすると、どこからともなく声が聞こえた。


『――汝、我が力となれ』


 随分と偉そうな物言いで告げる謎の声。

 相手は神様か?

 でも、声は女の子なんだよ。

 それもかなり若い。

 中高生くらいか?

 そんな若い神様なんて聞いたことがないぞ。

 大体、神様といえば爺さんというのが定番じゃないか。

 まあ、偉そうな口調に関しては神様クラスではあるけど。

 あとはまったく顔が見えないというのも気になる。

 視界は真っ暗で、目を開けているのか閉じているのかさえハッキリとしない状況だ。


 そんなことを考えていたら、


『我は創造神なり』


 まさかの的中だった。


『汝の持つ力を我のために使え』

「力って……具体的にどういうことなんですか?」

『む? そうだな……そちらの世界の言葉を借りるならうちへ転職しろという言葉が妥当だろうか』

「転職……」


 確かに、最近はずっとそれを考えていた。

 転職サイトにはいくつか登録したし、情報誌にも目を通している。

 ……ただ、この場合は怪しいとか以前の問題なので考えるまでもないな。

 何せ相手は(自称)創造神だし。

 

「あのぉ……力とおっしゃいましたが、俺なんかを引き入れても何のお役にも立てませんよ、きっと」

『そんなことはない。もっと自分に自信を持て』


 急にフランクな話し方になる創造神さん。


 それにしても……自信、か。

 今の俺にもっとも欠如しているものだな。


 キッパリとお断りをしたつもりでいたのだが、どうも創造神さんはあきらめきれない様子でいろいろと条件を出してくる。


『今働いている職場よりも圧倒的に良い条件を提示しようではないか』

「えっ? ……ちなみに具体的な業務内容を教えてもらうことってできます?」

『この魔境――いや、森を管理してもらいたい』


 ……今、確実に『魔境』って言ったよな。

 しかもさっきの口ぶりだと、俺たちがキャンプをしているこの森を指しているような感じだったぞ。


『どうだろう?』

「いや、どうだろうって言われても……」

『ちゃんと給料も払うぞ?』

「きゅ、給料?」


 その言葉に弱いのが中年サラリーマンの悲しいところだ。

 しかし……気になる。

 純粋な好奇心として。


「ちなみにおいくらくらいですか?」

『ちょっと待て。――これくらいでどうだ?』


 創造神がそう告げた直後、俺の目の前に光る半透明のボードが出現する。

 ゲームだとステータスが表示されているタイプのものだが……ここに記されているのはいわば給与明細? 

 おまけに円表記されている新設設計だ。

 あっ、ちゃんと税金も考慮してくれるのね。

 

 それでいてこの金額――今の職場よりずっと高い!

 しかし、少し話がおいしすぎやしないか?

 

『おっと書き忘れていたが』


 やっぱり。

 裏があったんだな、この仕事。

 さては犯罪スレスレのことをやらせようって魂胆か?


『賞与は年三回だ』

「マジですか!?」


 神かよ!

 いや最初から神だったわ!

 創造神(?)だもんな!


『ちなみに詳しい業務内容などは下に書いておいた。何か質問があれば受け付けよう』

「わ、分かりました」

『慌てなくていいぞ。まだ夜明けまで時間はあるからな』


 そういえばこれって夢だった。

 ……本当に夢なのか?


 いや、あり得ないだろ。

 

 そんなうまい話があるものか。


 ――と、自分に言い聞かせながらも詳しい業務内容を見ていく。


 さて、その中身だが、簡単にまとめるとこんな感じだ。


 業務内容:魔境内の調査及び報告。

 勤務時間:自由。

 勤務日数:自由。

 ノルマ:特になし。

 社員寮有り。


 目についたのはこんなところか。

 いくらなんでもフリーダムすぎやしないか?


「あの……本当にこの条件で採用しているんですか?」

『うむ』

「魔境内の調査とありますが、もう少し詳細に教えていただいても?」

『実は最近、神である私の力が弱まりつつある……どうもその原因がこの広大な森のどこかにあるようなので、究明と打開策を検討してもらうのが主な仕事になるだろう』


 うーん……それだけ聞くと、まるでファンタジー世界のクエストみたいな感じか?

 でも、創造神の力が弱まっているって結構ヤバい状況じゃないのか?

 

……とりあえず、仕事内容については大体分かったけど、あともうひとつ気になっていることがある。


「でも、どうして俺なんです?」

『資格のある者しかできぬ仕事だからだ』

「資格? そんなのありませんよ?」


 創造神を唸らせるような資格なんて取った記憶がないな。

 国家資格なのか?

 そもそもエクセルの使い方だってままならないほど機械オンチだし、業界関連の知識に関しても精通しているとは言い難い。


 ……自分で口にしてなんだか恥ずかしくなってきたな。

 だが、創造神にとっての資格は俺たちのいる世界の資格とはだいぶ違うようだ。

 

『おまえは生きているだけですでにその資格を有している』


 なんじゃそりゃ。

 生きているだけで丸儲けってことか?


『それでどうなんだ? 転職する気になったか?』

「…………」


 半信半疑ではあるが、この森で仕事ができるという点に関してはとても魅力的な提案だと思う。

 まあ、今の職場がクソすぎるっていうのもあるけどさ。


 それに条件があまりにも破格すぎる。

 以上のことから、俺はこの仕事への転職を決断した。

 というか、どうせ夢だし。

 安請け合いしたところで目覚めたらまた社畜生活へ戻るからな。


「喜んでやらせていただきます」

『っ! おぉ! 感謝する!』


 相変わらず女の子の声とのギャップを感じる話し方だ。


『では、詳しい内容は竜崎から聞いてくれ』

「分かりま――えっ?」


 なんで急に竜崎くんの名前が?

 というか、何で知っているんだ?

 やっぱりこれが夢だからか?


「あの、どうして――」

『おっと、そろそろ時間だな』

「あっ! ちょっと!」


 呼び止めようとした次の瞬間、ハッと目が覚めた。


「……やっぱり夢か」


 のっそりと起き上がり、テントを出る。

 外ではすでに竜崎くんが起きて何やら作業をしていた。


「おはよっす、矢凪さん」

「あ、ああ、おはよう、竜崎くん」

「今ホットサンド作ってるんすよ。もうちょっとで完成するんで。あっ、コーヒーでも飲みます?」

「ありがとう。いただくよ」


 コーヒーの入ったカップを受け取りつつ、スマホへと目を向ける。

 時刻は朝七時。 

 いつもの休日ならまだ寝ている時間だな。


 竜崎くんが作ってくれ、トマト、玉ネギ、ベーコン、チーズ、といった具をパン(バーベキューソースを塗ってある)に挟んで焼いたホットサンドを食べながら、さっきの夢について話した。


「なるほど……ここへ転職してくれるんすね」


 そう言うと、竜崎くんはスッと立ち上がった。


「なら、管理事務所へ行くっす」

「ど、どうしたんだ、急に」

「夢の中で俺に詳しい話を聞けってその神様に言われなかったっすか?」

「あっ……」


 確かに言われた――が、どうして彼が俺の夢の内容を知っているんだ?

 竜崎くんの名前が出てきたとはひと言も口にしていないのに。


「大丈夫っすよ、矢凪さん」

「えっ?」

「今あなたが抱えている疑問……そのすべてが管理事務所で解決するっす」


 何がなんだかハッキリしないまま、俺たちはキャンプ道具を片付けて管理事務所へと戻ることにした。

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