会社を辞めて魔境キャンプを楽しみます! ~社畜生活に疲れきっていたら創造の女神にヘッドハンティングされました~
鈴木竜一
第1話 社畜とキャンプ
外回りがつつがなく終了し、虚ろな目つきでハンドルを握りつつ会社へ戻るろうと国道を北へと進んでいた途中、偶然見つけたこの自然公園が妙に気になってフラッとへ立ち寄ったわけだが……大正解だったな。
さっきまで荒んでいた心がどんどん浄化されていくのが分かる。
思い返せば――数時間前。
お決まりのように上司のミスを押しつけられ、一円にもならない残業をこなす日々。
相変わらず「労基が怖くてパワハラができるか!」ってスタンスの弱小企業だな、あそこ。
出るとこ出たら勝てそうな労働環境ではあるが、資格も実績もないアラフォーおっさんがそんな抵抗をしたところで金と時間の無駄だ。
必死にしがみついていくしかない。
巷ではハイクラス転職ってのが流行っているけど、できればロークラス転職ってヤツが流行ってほしかった。
ダメなヤツが好待遇で迎えられる。
もうこの思考がダメダメなんだけどな。
マイナスはそれだけじゃない。
思えば、最近はずっと悪いこと続きだった。
まず、以前婚活サイトで知り合った女性から運営を通じてお断りの連絡がきた。
給料少ないうえにろくに法律も守れない会社に勤めているようなおっさんでは見向きもされないか。
ちなみに両親はすでに他界しており、家族と呼べる存在はインフルエンサーになって大儲けしようと投稿サイトに動画を送り続けるも、再生数が二十から増えない無職の兄がひとりいるだけ。
今日だってここへ来る前に電話で金の無心をされたが……両親が残してくれた数百万という金はどうしたんだ、愚兄よ。
というか、それを含めたら今日のマイナス要素三つ目になるな。
しかし、それもこの豊かな自然の中でまったり過ごしていると些末なことに思えてくるから不思議だな。
「――っと、そろそろ戻らないと怒られるな」
あまりにも癒し空間すぎて時間の経過を忘れていた。
かれこれ一時間はいたのか。
鞄を持ち、足早に駐車場へと戻ってくる――と、ちょうど同じタイミングで近くにある管理事務所から恐らくバイトと思われるひとりの男性が出てきた。
年齢は二十歳そこそこ。
金髪ロン毛に派手なピアスをしていた。
前髪なんか長すぎて目元が隠れちゃっているじゃないか。
箒と塵取りを持っているところを見る限り、これから清掃するのかな。
どこからどう見ても陽の気で溢れているその兄ちゃんとすれ違った瞬間、なぜか彼は俺に話しかけてきた。
「お兄さん、どうでした?」
「おっ!? ど、どうって!?」
まさか声をかけられると思っていなかったのでめちゃくちゃ挙動不審になってしまう。
これは確実にキモがられてしまう――と、自己嫌悪に陥っていたが、どうもその心配は杞憂に終わったようだ。
「ここってなかなかイケてるっしょ?」
ニッと口角をあげて語るバイトの青年。
目元が隠れているから表情を完全に読み取ることはできないけど、きっと人懐っこい笑顔を浮かべているんだろうな。
こういう根明なタイプとはあまり関わり合いを持たないようにしている俺だが、なぜか親しみを感じてしまい、答える。
「とてもよかったよ。また来たいって思えたな」
「マジっすか!」
俺の回答に、なぜか青年は大喜び。
その際、胸のネームプレートに書かれた名前が目に飛び込んだ。
『竜崎』――それが彼の名前らしい。
「お兄さん、キャンプとかはやらないんすか?」
竜崎くんはハイテンションのままそう尋ねてくる。
……キャンプ、か。
前々から興味はあったんだよな。
ただ、それまでの人生がアウトドアとは一切無縁だったため、少し手が出ないでいた。
勝手なイメージなのだが、アラフォーおっさんが始めるには敷居が高そうって思えてくるんだよなぁ……あと、キャンプ用品って高額なイメージだし。
「うーん……やってみたいって気持ちはあるんだけどねぇ。道具とか持っていないし、何より経験がないから」
「なら俺が教えるっすよ」
「君が?」
「そうっす! 俺、好きなんすよ! そうだ! もしよかったらモニターやらないっすか?」
「モニター?」
「実はここ夏に向けて新しくキャンプ場をオープンする予定で、今そのモニターを募集してるんすよ!」
「へぇ」
確かに、管理事務所の壁にも「野営キャンプ宿泊モニター募集中」っていうポスターが貼ってあるな。
「今週末からやるんすけど、予定が空いていたらぜひ! 未経験者の人がどういう反応するのか知りたいってオーナーも言ってたし!」
「……うん。面白そうだな。特に予定もないし、君が教えてくれるのならやってみようか」
「おぉ! 嬉しいっす! お兄さん、きっとキャンプに向いてるっすよ!」
「ははは。何だよ、それ」
「あっ、受け付けはこっちでやっておくんでお兄さんの名前と連絡先を教えてもらっていいっすか?」
「分かった」
俺は彼が持ってきた申込書に携帯の番号と名前――「
「あざっす! 詳しい内容はこっちのチラシに書いてあるんで! そこにも載ってるんすけど手ぶらで来てもらっても大丈夫っすから!」
「ああ、ありがとう」
見た目はチャラい感じの竜崎くんだが、いざ話してみると純粋な少年って印象を受けた。
まあ、どのみち週末は家でゴロゴロしているだけだし、たまにはこういうのもいいか。
実際、ここの森はなんだか特別な感じがしたし、いろいろと楽しめそうだ。
これから会社に戻って仕事だけど、なんだか頑張れそうな気がしてきた。
久しぶりに訪れた晴れやかな気分に浸りながら、俺は社用車へと乗り込むのだった。
◇◇◇
「最悪だ……」
自然公園での晴れやかな気分は上司のお説教で台無しとなった。
それも理不尽で一方的な暴言ばかり。
「ったく……少しはあの明るい青年を見習えってんだ」
自宅である安普請のアパートを目指しつつ、道中にあるホームセンターへと立ち寄る。
ここは日用品の他に弁当なんかを置いているコーナーがあって、午後九時を回っている今なら大幅割引でお得に調達できるのだ。
俺は籠を手にすると、おにぎりとから揚げ、それからワカメサラダを放り込み、最後にペットボトルの緑茶を買って会計に向かおうとした。
ここまでいつものルーティーンなのだが、ふとキャンプ用品のコーナーが目にとまる。
普段ならスルーするのだが、昼間にあんなことがあったため、どうにも気になってのぞいてみることに。
「ほぉ、ひとり用ならこんな簡単に用意できるテントもあるのか」
簡易テントから始まり、メスティンやクッカーなどのアイテムに目を奪われる。
じっくりと眺めていたら、閉店五分前を知らせるアナウンスが流れてきた。
「えっ!? も、もうそんな時間!?」
体感では十分ぐらいのはずが、結局一時間近く経っていた。
慌てて会計を済ませ、外に出る――が、まだまだキャンプ用品を見て回りたかったという名残惜しさが心に残っていた。
「……明日は少し早く退勤して来よう」
クソ上司にあーだこーだ言われるかもしれないが、ここでキャンプ用品を眺める楽しさに比べたら屁でもない。
これまで何の変哲もない、ただ家と会社を往復するだけだった人生に新たな楽しみが増えた瞬間だった。
◇◇◇
あれから週末が来るまでの三日間、俺は毎日あのホームセンターへと通い、いろんなキャンプ用品をチェックした。
……楽しい。
楽しすぎる!
ただアイテムを眺めているだけでワクワクするし、実際に使ってみたらどうなんだろうって好奇心が湧いてくる。
こんな感情が芽生えたのっていつ以来かな。
あと、ネットでキャンプ関連の動画を視聴しまくり、本番に向けてイメージトレーニングを重ねていく。
竜崎くんは手ぶらでも構わないと言っていたが……さすがに何か持って行った方がいいだろうと思い、テントとかキャンピングナイフとかカップとか、必需品をチェックして可能な限り揃えた。
それをリュックに詰め込み――とうとう宿泊モニター当日を迎える。
「あっ! 矢凪さん! おはっす!」
「おはよう、竜崎くん」
管理事務所へ行くと、すでに竜崎くんが俺を待っていた。
「俺と矢凪さんがキャンプする場所はここからちょっと遠いんすよ。だから近くまで車を使う予定っす。今持ってくるんで、トランクに荷物を積めちゃいましょう」
「了解だ」
まさか車で移動するほど離れた位置にあるとは思わなかったな。
とりあえず、彼が乗ってきたワゴン車にリュックを詰め込むとすぐさま出発した。
「どれくらいかかるんだ?」
「十分ほどっすかね。――あっ、あのトンネルを抜けたらすぐっすよ」
運転席の彼が指さす先には確かにトンネルが。
そこを抜けた先は……まるで異世界だった。
「これは凄い……」
いつも生活している場所からそれほど離れていないところにこれほど雄大な自然が残されていたなんて……俺は今まで一体何を見てきたのだろうか。
しばらく進むと、車は森の中を流れる小川のほとりで止まる。
「ここが今日のキャンプ地っすね」
「いいところじゃないか」
「じゃあ、早速荷物をおろして満喫するっす!」
「そうしよう!」
俺も竜崎くんもめちゃくちゃテンションが上がっていた。
買ったばかりのリュックから、これまた買ったばかりのキャンプ用品を取り出すと、「すっげぇ本格的じゃないっすか!」と竜崎くんはさらに興奮。
経験者である彼に使い方を学びつつ、俺は生まれて初めてのキャンプを楽しむ。
しかし……ネットやスマホがなくてもここまで楽しめるものなんだな。
何もないから手持ち無沙汰になるんじゃないかって思えたけど、時間の経過があっという間に感じたよ。
年甲斐もなくはしゃぎすぎたこともあり、辺りが真っ暗になる頃はすっかり疲れ切ってしまっていた。
「うぅ……まだ楽しんでいたいのに……凄まじい眠気が襲ってくる」
「初めてなら仕方ないっすよ。俺も経験したっす」
食後のホットミルクを楽しむと、今日はそのまま別々のテントで就寝。
充実した時間を過ごし、熟睡する――はずが、その日、俺はなんとも不思議な夢を見るのだった。
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