草創章 068 10/13 011

「ラテラル・アークの発現を確認。浅深層三・八ポイント、およそ二千」

電子板を注視する技師たちの瞳の中で、発光球の明滅が忙しなく踊る。キヨフ・イグニマス博士は巡回していた足を止めて、先ほど発言した男の背中越しに覗き込んだ。

「近いな、強さは」

「第九の洋上基地が瞬間最大九百五十を観測しています」

別の方向から返事が返ってくる。ヘッドフォンを外さないから自分の声に心許なくなるのだろう、彼らの声は軍人も顔負けするくらい太くてよく通る。

「まずいまずい、なんでよりによって今なんだ」

「博士、第九から観測機について問い合わせしたいと」

「後にしろ。アークと主光導の距離は。接触の可能性はあるのか」

癇癪でも起こしたように早口で捲し立てる。イグニマス博士の指が椅子の背に食い込んで、革の引き攣れる嫌な音がした。

海には活性化した粒子から成る環軌道が無数に存在する。なかでも完全に閉環したものは光導と呼ばれ、海の中心より同心円状に、様々な深度で展開している。この状態において粒子軌道は最も安定し、粒子密度がとりわけ高い主光導の中には海の成り立ちと起源を同じくするものまであるという。一方不安定でしかも厄介なのがアークである。これら小断片は突発的に現れ、光導と接触するとその歪みから質E塊を生じる。上下層間の温度差による蒸発流アップドラフトや光導そのものの集中過極オーバーポテンシャルなど、アークの形成には常に複数の要因が複雑に絡みあっているため、予測対応は困難を極める。

「流層五十番主光導、対距離およそ三百」

「流層の光導はどうでもいい。もっと粒子濃度が高い浅深層を調べろ」

「ありました。浅深層深度百十に最近十九番主光導、対距離は百、九十―」

「はっきりさせろ」

 技師の右手が計器の上を慌ただしく行ったり来たりする。左手はつまみに置かれて、かち、かちと規則正しい音を刻んでいる。それらの活動がぴたりと止む。

「七十、精差五以内」

イグニマス博士は焦りの度がすぎて、かえって冷静の後尾に追いついてしまった心持ちがした。息を深々と吐いて、部屋の最奥にある室長席に腰を預ける。その間の一挙手一投足にも同室たちの注意が集まっているのが痛いほどに感ぜられた。

「中央府に報告。沙汰のあるまでは待機だ」

電子の粒が彼に応えるようにちかちかと瞬いた。

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