第2話
海と空とが合わさる、遥か遠くからの漂う霧の薄絹が、此の人気の絶えた砂浜にまで届き、寄せては返す波の音は、何処か遠い出来事の様に響き、砂の上を歩く感触までもがそれを促す様に、現実感の伴わない物だった。
歩を進める毎に、砂に
何処までも続く砂浜に所々顔を覗かせる貝殻の、その数と種類に驚きながら、何となく其の内の一つを手に取ってみる。
二枚貝の片側一つ。もう片方は砂に埋もれたか、波に浚われたか、離れた切り二度と相まみえる事は無いだろう。
内側の薄く張った七色に光る面は、嘗て貝殻の堅い守りの内で、静かに長い時を経て育んで来た、深い
海の底から見上げて見える、絶えず揺らめく
本来ならば、両面揃って初めて出来る、夢の紡ぎ手に依るその写し絵は、紡ぎ手の死と共に、互いの所在も分からぬ程に、遠く離れて砂浜の。
求めて伸ばす手も空を切り、摑む事無い夢の割り符を、それでも求めて空虚な空を、探る仕草を止める事無く。
脳裏に浮かぶ遠い約束。其れはあまりに遠過ぎて、自分の物とは最早思えず、恐らく其れは幼き頃の、眩い海辺で交わされた、ほんのささやかな、再び会う為の小さな約束。
幼い二人が再び会えるようにと、願いを込めて互いに持った手の内の、一つの貝の片割れの。
交わした時は直ぐにでも、会えると信じて別れた後に、長じて互いに届かない、間に広がる昏い永遠。
どうにもならない喪失感に、事有る毎に手の内の、貝の片割れ小刻みに、感じる震えは貝か己が手。
以来、彷徨う砂浜の、場所を隔てた砂浜の、貝の片割れ持つ人が、今しも自分で説明出来ない焦りに駆られ、歩き続ける曇天の下。貝を片手に彷徨う中で、小さく開いたその口から、洩れる啼き声相手を求めて。決して届かぬ筈なのに、なじかは知らねど心の何処かで、心震わせ啼く様が決して歩みを止めさせず、振り仰ぎ、歩き続ける曇天の空。
分厚く覆う灰色の雲。重たげな空より滴り、頬に当たる一雫。それを始めとして、忽ち漂う雨の匂いと共に、記憶の奥底を揺るがす様な、遠くと近くで鳴り響く雨の音。
服も髪まで水を吸って、歩みを遅らせ、何時しか身体の芯まで冷えて、重たく黒い砂の上に、引きずり降ろそうと圧し掛かる。
今この時ではなくとも、何時しか雨は別の時、別の場所、そして別の形を取って、この身を打ち負かそうと降り掛かって来るのだろう。
何が皮肉って、これ以上の皮肉があるだろうか。この身に降りかかる重たく冷たい雨。それは、他の誰でもない、自身の抱く再会への、望み渇望。何時しかそれ等が重みとなって降り掛かり、他ならぬ自身に憑りついて、積もり積もって淀んで圧し掛かる。
交わされた約束は果たされる事無く、冷たい骸となったその傍らには、遂に再び合わさる事無く、雨に濡れ、七色に、密かに遠い物となった夢を、今も尚見続ける、螺鈿と云う名の夢の写し絵。
〝春雨や 小磯の小貝 濡るほど″
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