第30話 パパの無かったことにできる一言

くーちゃんが、何度言っても聞いてくれない時が多々ある。

例えば

『家に帰ったらすぐに手を洗ってね』

と玄関で言っても、いざリビングに入るとついていたテレビを見てしまうこともあれば、冷蔵庫に手をかけて飲み物を取り出そうとすることもあったり。

その時に何度も

『先に手を洗ってって言ったでしょ?』

と声をかけても無駄なのだ。

目の前の視界に入ったり、肩をトントンして、こちらの世界に戻さないと声が届かない。

次男が小さいこともあって、私がそちらに集中してしまうとくーちゃんはもう手に負えない(笑)

あとはわかっているのに、やってしまうケースもある。

くーちゃんと、ベビーカーに座ってるるーちゃんと一緒に電車から降りる時、先にくーちゃんがおりて、ベビーカーをよいしょっと下ろしてる間に改札まで猛ダッシュして道路に飛び出すこともあれば、電車からおりて、私が騒ぐるーちゃんに気を取られているうちに動き出した電車に手を振ろうとして、直接電車自体に手が触れそうになって注意されたこともある。

(実際触れてしまうと緊急停止になってしまう)

何でダメって言ってもやるんだと怒鳴ると決まって

『やりたかったから』

と答えるのだ。

私に怒られると思ってもやりたい衝動が抑えきれずに体が動くらしい。

あとは

『あっそうだった』

とやってはいけないことを、忘れているケースもある。

このような体験は本当に、つらかった。

怒鳴りたくないのに、優しくしたいのに怒鳴り散らして、あとあと苦しくなって泣けてくるのだ。

わざとじゃないと分かっていてもこっちも人間だし、怒ることもあれば悲しくなることだってある。

そんな時に、全てを許せる魔法の言葉があった。

それは主人が放った一言

『でも、こーいう一面がなければそれは、くーじゃないんだよなあ』

これだった。

もしも、聞き分けのいい子だったら、じっとできる子で、一回言えば分かる子だったら…

こんな素直で可愛い一面もなかったのかもしれない。

それはもう、くーちゃんじゃない。

手がかかることがあったって、穏やかで心根の優しいところもあるくーちゃんが、私たちは大好きなのだ。

主人も、怒鳴り散らすことがあるが決まってこの一言を最後に言うので、なんだか私も許せることができる。

そしてこれは自分にも当てはまることだった。

もしも私がバリバリのキャリアウーマンで、収入も高く、産後もすぐに保育園へ預けて仕事をしていたら、きっと今の悩みもない。

こんなに長い時間を子供たちと過ごせることもなかったし、主人と出会ってなかったかもしれない。

もし結婚しても、上手くいかなかったかもしれない。

仕事が出来ないからこそ、得意な料理を頑張ったし、妊娠してる時でさえ主人の全身マッサージをしていた。

私が得意なのはこの二つしかないからこそ、自分にできることを頑張ろうと思えた。

そんな私も救われる一言だった。

何でも出来る私だったら、それは私じゃないんだ。

そう思うと自分が自分で良かったと自己肯定感ができるのだ。

あの一言は私にも深く響いていて、私は私、くーちゃんはくーちゃんでいいんだと思うと目頭が熱くなるのと同時に心が暖かくなると感じた。



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