第19話 自白

 バーバラは厳しい取り調べに自白した。

 

 自分の愛人であるアルマンの襲撃依頼を出したバーバラは、平民が貴族を殺めようとしたということで極刑が確実視されていた。しかし真実を放せば、極刑だけは勘弁してやると言われたバーバラは命惜しさに、何の矜持も自尊心もない醜い心をさらけ出した。



 アルマンが先だって領地に行くことを聞き、計画が閃いたという。

 その日に友人の家に泊まりに行くようユマを誘導したバーバラは、一人になったクラリスを強盗に見せかけて殺すようにメイドに命じていた。

 クラリスの宝石を奪ったメイドは上手く逃げ通し、居場所は知らないという。

 そもそも、アルマンがオレノを産んだバーバラをいつまでも日陰の身にし、クラリスを追い出すところか大事にしていることが許せなかったのだ。

 せっかく、あの日、酒に媚薬を盛って関係を持つことに成功し、それをたてにそのまま関係を続けた。そして嫡男となるオレノを産んでやったというのに、オレノを籍にいれないという。どこまでバーバラを虚仮にするのだ、クラリスが憎くて仕方がなかった。


 あの女からすべて奪ってやろう。そう思った。


 あのバカな子は上辺だけ優しくしてやれば簡単に私に懐柔された。

 まんまとユマが自分に懐き、自分の事を母と呼び、オレノとも仲良くなった。もう私たちこそが家族でクラリスなどいらなくなったのに、アルマンはそうしなかった。


 だから排除してやったのだとバーバラは言った。


 だが排除してもアルマンは自分を妻として迎えてくれなかった。それどころか今更死人に義理立てしてバーバラを遠ざけるようになった。

 こんなことなら、妻より愛されている愛人として優越感に浸り、あのまま幸せに暮らしていればよかった。

 欲をかいたばかりに……金に困り、クラリスを妬んでいたメイドを買収してせっかくあの邪魔な正妻を消したというのに。

 アルマンとともに容疑者になったのはもちろん自分だったがそれは覚悟の上だった。しかし自分にも確固たるアリバイがある、あの日はオレノを連れて友人の家に遊びに行っていたことが証明された。

 そして日頃から友人にもこうして手当をもらってつつましく生活する方が気が楽でよいと吹聴していたこともあいまってアルマンよりはやく嫌疑はとかれていた。

 事件の後、しばらくは実行犯のメイドが捕まり口を割るのではないか、自分をゆすりに来るのではないかと心配したけど、あの後一度も姿を見せなかった。

 クラリスの宝石類がなくなっていたからきっとそれを持って遠くに逃げたに違いない。それは安心したけれど……そこまでしたのに妻の座という一番欲しいものは手に入らなかった。

 

 メイドがクラリスを焼き殺すとは思わなかったが、美しい顔が見るも無残になったかと思うと、いい気味だとバーバラは笑ったとアルマンは聞き、くずれ落ちてしまった。


 アルマンはその罪悪感から立ち直ることが出来なかった。

 現伯爵に雇ってもらい、子供たちのために仕事を頑張っていたが精神的にかなり追い込まれていた。

 やせ細り、身なりも少しづつくたびれて来ていたが、それでも彼なりに頑張っていた。

 しかし、彼はある日突然姿を消した。

 世間は相変わらず身勝手な男だと噂した。

 残されたユマとオレノは誰も引き取り手がおらず、孤児院へと送られた。



 そしてすべてを話したバーバラは極刑を免除された。

 その処遇は王宮の食料対策部門預かりとなった。

 そう言い渡されたバーバラは喜んだ。娼館や鉱山でもなく、食料対策なんて楽勝だと思った。何をするのかわからないが、どう考えても厳しいとは思えなかった。

 バーバラが連れて行かれたのはこぎれいな建物で、そこで一室を与えられた。

「やっぱりラッキーだったわね。ここで過ごしながら食料の管理でもするのかしら」

 そう思っていたバーバラに刑罰が発表された。

「お前にはここで出された料理を食べ、感想を教えてもらう」

「あははは。所詮この程度で済むなんて、あの女の死も大したことないのね」

 担当者は軽蔑したような視線を投げつけて出ていった。

 極刑を科されるはずの人間にそんな甘い刑で住むはずがないことにバーバラは気がつかない。


 日々運び込まれる食事を食べて、そのたびに身体のデータを取られていく。

 時々、料理により体調を崩したり、しびれ・めまいが出たりするようになった。

「ちょっと、毒でも混ぜているんじゃないでしょうね!」

「もちろんだ。もともと食材に入っているだけだ」

「はあ?」

「それがお前の仕事だと言っただろう。どれだけ食べれば身体に影響があるのか確認している。料理の仕方によって毒の性質が変わるのかなど興味深い事ばかりだ」

「ふざけないで! 初めから毒で殺す気だったんでしょう!」

「そんなことはない。こちらは新たな食材を開発したり、食品に含まれる毒の症状を観察して役に立てられないかを研究する機関だ。お前は人類のために役立っている」

「ただの人体実験じゃない!」

「思いあがるな。お前は処刑対象だったんだ。このような対応をしてもらえるだけありがたいと思え」

「馬鹿じゃないの! もうここでの食べ物は食べないわ!」

「いいとも。人間がどの程度水も栄養も取らず生きながらえるのか。どの時点でどういう状態になるのかよい記録が取れそうだ。どうだ? 今日からそちらの方向で進めるか? こちらはどっちでも構わない」

 バーバラはそれを聞き、ようやく心から謝罪したが今から刑が変わるはずもない。


「そ、そうだわ! オレノ、オレノを呼んで頂戴! 子供に面会する権利はあるはずよ!」

 オレノがこの現状を聞いたら悲しんで、きっと差し入れを持ってきてくれるはず。

 そう思ってオレノとの面会を要求した。

「『僕には母親はおりません』それがオレノ君からの伝言だ」

「うそよ! うそでしょ?! 私はあの子の母親なのよ?! アルマンにそう言わされているのよ!」

「彼は表情も変えず、関係ないと言ったそうだよ。それに父親は行方をくらまし、オレノ君は孤児院で暮らしている」

「まさか! オレノが孤児院?! うそでしょ?!」

 あの子のために、やったというのに。あの子の血のつながった姉が貴族として何不自由ない生活をしているのだから、オレノにも当然の権利を与えてあげたかっただけなのに!

 アルマンなんてくだらない男、さっさと見切りをつけるべきだった!

 自分が馬鹿だったせいで、大切なオレノの人生をめちゃくちゃにしてしまった。

 バーバラは謝りたくて何度も面会を要請したが、一度もオレノが面会に来てくれることはなかった。



 バーバラは毎食ごとに恐怖を抱く。それでもそれしか食事は与えられない。

 食べる度に調子を崩そうとも誰も心配もしない。ただ無機質なものを見るような目で淡々とバーバラを観察している。

 そして今日は見た目だけはとてもおいしそうなキノコの料理だった。今までの経験からキノコは危険だと分かっている。

「今日は……食べたくないわ」

「そうか? 当分これしか出さないが? 心配しなくとも、このきのこは動物は食べている」

「……」

 それでも3日は我慢した。

 そして空腹に耐えかねたバーバラは殺されることはないと信じて、キノコ料理を口にした。

 それがバーバラの最後の晩餐となった。


「ふむ、なるほど。亡くなるほどのものではないはずだが、空腹で摂取すると命にかかわると。これは良いデータが手に入ったな」

 担当者は満足そうに書類に書き込んだ。


 バーバラは誰にも悼まれず、引き取られることもなく罪人の共同墓地にひっそりと埋葬されたのだった。


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