第18話 明かされた真実と邂逅

 辺境の地に戻ったオフェリーは、レナルドからブラントーム夫妻が実の両親だったことを聞かされる。

 なぜ言ってくれなかったのかと怒るオフェリーに、命を狙われていたから素性を知られるわけにはいかなかったと弁明する。

「命を狙われたってどういうこと?」

「……あの男には、結婚前から愛人を作って子供までいたらしい。」

「それってあの時の人? なんてひどい……」

 オフェリーはパーティの会場で血相を抱えて話しかけてきた男のことを思い出した。

「ああ、あの時君に駆け寄った男だ。君とは白い結婚だったときいている。」

「白い結婚?」

「ああ。ただ、ブラントーム侯爵の支援が欲しくて君を手放そうとしなかったらしい。だからもう王都に君を連れていきたくはない」

「……分かりました。だからあなたも、ブラントーム侯爵夫妻……いえ、両親も他人だと言い通したのですね。もう行くことはありませんわ。ただ……ブラントーム夫妻……両親には娘としてお会いしたかった。色々なお話をお聞きしたかった。」

 そう言ってオフェリーは涙を落とした。

「心配しないで。彼らは家督を譲ってこの地にくるそうだ。もうじき隠すこともなく大ぴらに親子として過ごせるよ。今まで済まなかった。」

「そうですか……お父様とお母様だったのですね……だからあんなに良くしてくださって。パトリックにもレティシアにも。ではあの家は私の実家だったのね?私何も思い出せなかったわ。きっとお母さまたちを傷つけてしまったわ。」

 そう言って泣くおフェリーを抱き寄せながら

「それは違う。君が殺されたと思って彼らは嘆き悲しんでいた。そこに生きて君が現れたんだよ。君を守るために名乗れないことくらい何でもないとおっしゃっていた。自分たちの事をわからなくても生きて幸せにしていてくれればいいのだと。」

「お父様、お母様……」

「君が記憶をなくした原因……あの男か愛人に殺されかけたのだとわかったから決して身元が知られないようにしなくてはならなかった。でも犯人は捕まったし、もう心配することはなくなった。君のご両親が来ればゆっくり色々話をすればいい。」

「ええ、とても楽しみだわ。ああ、でも私は死んだことになっていたのでしょ?それは……もしかして……」

「ああ、それがメイドだったんだ」

「……私が……」

 真っ青な顔でオフェリーが震えだす。

 レナルドはオフェリーを抱きしめると

「いや。君が死んだと思ったメイドが君のドレスとアクセサリーをつけて逃げたんだ。そこを金目当ての暴漢に襲われて……亡くなったらしい。そのあと火にかけられて人相がわからなくなって君だとされたらしいよ」

 事件の詳細を知らないオフェリーにレナルドは話を変えて説明した。

「……本当に?」

「もちろんだ」

「でも……じゃあ私はどうして川に? なぜ辺境のほうまで流されたの? 私がメイドを殺して逃げたんじゃ……」

「それはわからない。だけど、君がメイドを殺したのではないことは確かだよ。暴漢に襲われたというのは調書で確認したから」

 レナルドの曇りのない笑顔にオフェリーはほっとして、レナルドに身を任せる。

 オフェリーを抱きしめたレナルドの少し憂いた顔にオフェリーは気がつかなかった。


 レナルドは、両親と思い出話をすることで記憶が戻り、前の娘の事を思い出さないか、事件のことを思い出さないかを恐れていた。

 記憶を取り戻した時、自分も、オフェリーの両親もきっと彼女に責められることになる。なにより彼女はメイドの死に関わっていると自責の念で苦しむかもしれない。

 そんな日が来ないことを願うしかなかった。



 時が過ぎ、領地にやってきたブラントーム夫妻は、オフェリーを抱きしめた。

 名乗れなかったこと、騙していたことを詫び、ずっと抱きしめたかったと夫人は涙ながらに伝えた。

「私によくして下さって……パトリックの事もレティシアの事も大事にしてくださいました。私にもこのような親がどこかにいるのかもしれないと……ずっと思っておりました。」

「ああ、クラリス。クラリス!」

 夫妻は嗚咽が止まらなかった。


 一同は落ち着くと、夫妻は謝った

 嬉しさのあまりクラリスと名を呼んでしまったが、これからも何があるのかわからないから、もうクラリスという名は封印すると。

 誰が聞いているかわからない。わずかの可能性でも、娘が不利になるようなことがあってはいけない。

 クラリスはこれからもオフェリーとして。そして自分たちは娘の面影を持つオフェリーと交流を持ちたいがためやってきたことにするという。

 誰もいない時くらい。クラリスでとオフェリーは言ったが、言い慣れてはいけないと夫妻は強い決意を示した。

 あのメイドの死は事故かもしれない、しかしクラリスが正統防衛であったとしてもメイドを殺した可能性がある以上、これからもクラリスの生存は絶対に隠し通さないといけないと侯爵夫妻は心に強く決めていた。

「あなたの大切な名前は私たちの心の中で大切に守るわ。あなたがこうして幸せにしていること以上に大切なことなどないのだから。」

「ブラントーム夫人……お母様と……お呼びしてはいけないのですね?」

 レナルドは呼ばせてやりたかった。こんな遠い地で大丈夫ではないかとも思う。

 だが、夫妻の決意は揺るがなかった。

「……一度だけ。最後に一度だけ呼んでちょうだい。心でつながっているわ、そうでしょう?あなた」

「ああ、呼び名などどうでもいい。私達はお前が……お前の家族が幸せならそれでいい。こうしてこの地に呼んでくれたことに心から感謝しています。レナルド殿、クラリス——オフェリー様をよろしくお願いします」

「もちろんです。オフェリーは私が必ず守ります。」

 オフェリーは涙を湛えて

「お父様、お母様……私にこんな素敵な両親がいると分かって私は幸せですわ。これからこうしてお側にいられること嬉しく思います。孫を……パトリックとレティシアの事もよろしくお願いします」

「ああ、ああ!」

 侯爵夫妻はあの絶望した日から失っていた未来をようやく取り戻したのだった。


 だがそれからすぐ、彼らはオフェリーの寄り親となり再びお父様とお母様と呼んでもらえるようになる。

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