第17話 再会 2 

 クラリスの両親のブラントーム侯爵夫妻のもとにもそれは知らされた。

「やはりあの女だったか。アルマンと共犯かと思っていたが……愛人単独だったか」

「でもあの男も同罪ですわ。あの男が不誠実なことをしなければクラリスが殺されることはなかったのです!私たちは今頃娘として、孫として彼らを抱きしめることが出来ていたというのに!」

 グレースは憤る。

 だがこれで、クラリスがもう狙われる心配はなくなった。

 それでもあの焼死体が、おそらく実行犯であるメイドである以上、クラリスの生存がばれるとまずい。クラリスがメイドを殺してしまったことになるのだから。

 アルマンとバーバラ二人のせいで、クラリスはとんでもないものを背負わされてしまったのだ。

 

 その知らせを聞いたレナルドはほっと溜息をついた。

「これで少しは安心しました。でも、オフェリーはこれからもオフェリーです」

「……わかっています。あの子は今本当に幸せだ。その幸せを曇らせることなどできない。」

 少し寂しそうな顔のブラントーム夫妻だったが、クラリスを守るという決意に満ちた顔をしていた。

「……ブラントーム侯爵。いずれ領地に戻った時にはオフェリーにあなた方の事を告げようと思っています。会いに……来ていただけますか?」

「!! もちろんだ、もちろんだとも!ありがとう……ありがとう!」

 ブラントーム夫妻は涙ながら頭を下げたのだった。



 そして、エーベル伯爵家の後継には遠い親戚の者が決まった。 

 クラリス夫人が亡くなってすぐに、夫人を殺害した犯人を迎え入れたばかりか、その子供を嫡男としたアルマンは、伯爵家の当主の資質無しと判断された。夫人の事件以来事業も壊滅的で、領地経営もうまくいっていなかった。

 アルマン自身、犯罪はおかしていなかったが全ての原因はアルマンとされ、王家から爵位の移譲を命じられた。

 オレノももちろんその出自故、後継を認められることはなく、アルマンと二人の子供は、平民として暮らすことになった。

 ただ、アルマンは事業を受け継いだ現エーベル伯爵のお情けで、事業に詳しいからと雇用してもらった。おかげで、生活の質はぐっと下がったものの三人の生活くらいは何とかなった。


 ユマは伯爵令嬢であったとき、マナーや教養などの勉強は大嫌いだった。教会にも母に連れられて通っていたが、話は上の空で聞き、祈る振りをしていた。

 それなのに、母がいなくなって今更ながら、教会に通い母の冥福を祈り自分の愚かさを日々懺悔する。

 一心に祈り、帰ろうすると向こうからある家族が歩いて来た。 

「おかあ……さま……」

 オフェリーが赤ちゃんを抱いて現れた。

 会いたくてたまらなかったオフェリーとの再会にユマの心臓はドキドキした。


 もしかしてやっぱりお母様だったんだ。私に会いに来てくれたんだ!


 ずっとオフェリーを見ていると、彼女の目がユマを捕らえた。

 ユマの胸が期待に弾む。

 しかし、オフェリーの視線はユマを捉えたが自然に離れていってしまった。

 逆に小さな男の子を連れたオフェリーの側にいる男が険しい目でこちらを見ていた。

 お母様と言って飛びつきたかった。どう見てもお母様だったから。

 でも今の自分は平民。貴族に勝手に話しかける事さえできなかった。

 ただオフェリーを見つめて涙を落とすことしかできなかった。

 御祈りが終わった後、帰ろうとするオフェリーと視線が合う。

 一瞬戸惑ったような顔をしたオフェリーがこちらに近づいて来る。

「! やっぱり……おかあさま!」

 ユマは大声で叫んだ。

 隣にいた男が焦ったようにオフェリーを止めている。

(ああ、やっぱり…やっぱりお母様だったのだわ!ああしてあの男の人が隠していたのだわ)


 オフェリーが近づいてきてハンカチをユマに渡してくれた。

「お母様! お母様……ごめんなさい!会いたかった!」

「ごめんなさいね、私はあなたのお母さまでありませんよ。あなたがあまりにも悲しそうで見ていられなかったの。でもね、あなたのお母さまも必ずあなたの幸せを祈ってくれているわ。だから元気を出してね」

「……お母様?! 私です! ユマ……」

 ユマが涙ながらにオフェリーに訴える。

「お母様~」

 そこに小さな男の子が走り寄ってオフェリーの足元に抱き着く。


(私のお母様なのにお母様なんて呼ばないで!)

 ユマの胸に嫉妬と怒りが沸き上がる。

「まあ、パトリックったら」

 続いてやってきた男性がパトリックを抱き上げオフェリーの肩に手を回す。

「さ、もういいだろう。オフェリー。レティシアを早く馬車に乗せてやらないと」

「そうね。ふふ、可愛いでしょう? この子たちは私の宝物なの。あなたのお母さまもあなたを大切に思っているはずよ。だからそんなに泣かないで、前を見て頑張ってね」

 そう言って微笑みかけるとオフェリーは、男に抱きかかえられるようにして教会の外に出て行った。

「お母様……お母様……」

 あの匂いも、ハンカチを渡してくれた手も顔も話し方も全部クラリスだった。

 クラリスじゃない所なんてなかった。

 ただ、ユマの事を見ても何の反応もなかった。

 知らない子供のことを「かわいい子」「宝物」と呼んでいた。

「お母様は……もうユマの事嫌いになっちゃたの? 忘れちゃったの?」

 置いて行かれたユマは、オレノが迎えに来るまで教会で泣いた。

 そしてユマ以外の子供を自分の子供と呼んでいるオフェリーを見て、バーバラお母様と自分が言っているのを聞いたクラリスがどれだけ苦しかったのか初めて心の底から理解し、悔やみ、謝罪した。


 そしてその日以降、時々ユマは教会でオフェリーと会うことが出来た。

 ユマの母親が死んだと聞いたオフェリーは平民のユマにお菓子をくれることもある。それでも彼女はいつも赤ん坊を抱いており、時には小さな男の子の手をひいているためユマを抱きしめてくれることも撫でてくれることもない。

 彼女の愛は二人の子供だけに向けられている。

 それでもつかの間の逢瀬だけがユマの幸せだった。もしかしたらいつかまたユマと呼んでくれるかもしれない。抱きしめてくれるかもしれない。

 それだけが生きがいで、最近のユマは希望を持ち気力を取り戻していた。


 だがある日ぷっつりと会えなくなってしまった。

 オフェリー様は娘のレティシア様が長距離の馬車に乗れるようになったからと領地へ戻られたのだ。

 そして風の噂でお爺様たち……ブラントーム侯爵夫妻が息子に当主の座を譲り、どこか田舎に移り住んだと聞いたのだった。

 ユマはもう一度母を失ったように悲しみに打ちひしがれたのだった。


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