第16話 犯人

 そんなある日、アルマンが資金調達に奔走している途中に、襲われる事件が発生した。

 数名の男達に襲われて、あわやというところに二人の騎士が駆けつけ、鮮やかに賊を取り押さえた。

「あ、ありがとうございます」

 アルマンは自分の幸運に感謝したが、助けてくれた騎士達の態度はにこりともせずそっけないものだった。

「いえ。では我々はこれで」

 それだけ言うと、賊を連れて行った。


 アルマンが屋敷に戻り、先ほどの出来事を執事に話していると執務室にノックがあった。

「アルマン様、はいってもよろしいでしょうか?」

 バーバラの声に、優秀な執事の眉がわずかに顰められたがすぐに無表情を取り戻す。

「……ああ」

「旦那様が襲撃されたと聞きましたの! お怪我はございませんでしたか?」

 バーバラが事件のことを知り心配してやってきた。

「ああ、大丈夫だ。助けていただいたのだ」

「ああ、良かったですわ」

 バーバラはほっとしたように涙をぬぐう。

 そこにバタバタ足音がして、ユマが飛び込んできた。

「お父様~!」

 がばっとアルマンに抱き着くとぐすぐすと泣きだした。

「ユマ……大丈夫だ。心配をかけたな」

 もう少しでこの子を残していくところだった。今更ながら助かったことが奇跡だと体が震える。

「バーバラも騒がせてすまなかった。もう大丈夫だから」

「アルマン様に何かあれば私も子供たちも悲しいですわ。護衛をつけてくださいね」

「ああ。肝に銘じるよ。お前たちも気をつけなさい」

 バーバラが部屋を出て行くと、アルマンはユマをメイドに預けた。


「ふう……。現状で私がいなくなればユマを守る者がいなくなってしまう。今回の事で肝が冷えたよ、早く手続をしなくては」

「左様でございますね。ですが、取り調べなど良かったのですか?」

「そう言えば……」

 騎士は何も言わないまま帰っていった。こちらの身元でさえ聞かなかったが考えれば襲撃事件の捜査なら被害者からも聴取するべきではなかったのだろうか。

「私の事を知っていたのかもしれないな。クラリスの事で騎士たちはこの屋敷に何度も来ていたし、聞くまでもなく身元を知っていたのだろう」

 そう思うしかなかった。


 果たしてアルマンの想像は当たっており、翌日屋敷に騎士がやって来た。

「昨日は大変でしたね。ゆっくりと休めましたか?」

 騎士は昨日助けてくれた時とは打って変わって、表情が柔らかかった。

「いえ、昨日は助けていただきありがとうございました。考えても心当たりはなく……」

「ああ、大丈夫ですよ。犯人は自白いたしましたから。その報告に伺いました」

 報告だけの割には人数が多い気がする。

 アルマンがそう思っていると、

「ところで、奥方はいらっしゃいますか? 事件の事を一緒に説明させていただきたいのですが」

 アルマンはメイドにバーバラを呼びに行かせた。

 しかしぱたぱたと慌てて戻って来たメイドから驚く報告があった。

「バーバラ様がいらっしゃいません!」

「なに?」

 数名の騎士が屋敷内を探し始めた。

「どういうことですか?!」

「あなたを襲ったのは破落戸ですが、依頼したのはそのバーバラという女なのですよ」

「なんだって⁈ バーバラが?! なぜ?」

 想像だにしない話に衝撃を受けた。

「それを彼女に聴取するために来たのですがね、一歩遅かったようです。これから捜索いたしますので、またご報告いたします」

 騎士達は屋敷を探した後、見張りを一名残して出て行った。


 アルマンはぐったりとソファーにもたれかかった。

 不安そうに扉から覗くユマとオレノ。

 二人を呼び寄せる。

「父上……母上が……そんな事……」

 真っ青な顔でオレノはうつむく。

「私にも訳が分からない」

「……父上は私と母上を追い出そうと思っていましたか?」

「……」

 アルマンはオレノを前に答えられなかった。

「母上はそれを聞いてしまったみたいで……怒り狂っていました。だから……」

 だから、オレノの籍が抜かれる前にアルマンを亡き者にしたかったのか。

 どこまでも自分勝手で恐ろしい女だった。

 そんな女を自分は……そんな女のせいでクラリスを蔑ろにしてしまった。

 そこまで考えて、アルマンははっとした。


「まさか……」

 クラリスを殺したのもバーバラではないのか。今更ながらそんなことに思い至る。

 二人に出て行ってもらおうと検討している段階でアルマンを殺そうとしたのだ。オレノを嫡男にし、自分が伯爵夫人になるためにクラリスを殺すなど平気でやりそうだ。


 学生時代から知っているバーバラは、悪いことをするような人間ではなかった。

 エーベル家で病気が蔓延した時に損得なしで助けてくれた。そして彼女の家が没落していくのを助けることが出来なかったエーベル家を恨むこともない優しい人間だったのだ。

 そして病に倒れた父親を支えるために一生懸命慣れない仕事をして頑張っていたバーバラ。父親を亡くし、天涯孤独で生きる気力も失っていたバーバラを見かねてこちらから支援を申し出た。

 彼女と関係を持っていたが、愛するクラリスと出会ってからはそんな関係に終始を打った。バーバラもクラリスとの結婚を応援してくれたし、資金援助でさえ申し訳ないと気兼ねをしていた。

 彼女に酒を飲まされて関係を持ってしまったときは少し疑問に思ったものの、オレノが生まれたときも跡取りだと主張することもなく悪意があったとまでは思えなかった。

 この屋敷に来るまでは本当に健気で謙虚な女だと思っていたのだ。ユマのことを可愛がっていたし一度たりともクラリスをねたんだこともなかったから疑うこともなかった。

 この屋敷に来てから、本性が見え隠れしたがオレノの母でもあるバーバラが手を汚すなど思いもよらなかった。彼女が死んで一番メリットがあるのはバーバラだったというのに。


 これまで真剣にそのことを考えなかった自分のおめでたさに愕然とした。

 世間は初めから自分かバーバラが犯人だと疑っていたから、誰も手を差し伸べてくれないし、周りから人が消えていく一方だった。自分でないならバーバラしかありえなかったのに。

 ここにきても自分はずっと過去の幻想を信じたままきちんと物事を見ることが出来ていない大馬鹿だった。



 それから一週間後バーバラは捕まった。

 髪を切り、姿を変えて隠れていたバーバラは騎士の厳しい取り調べでアルマンの襲撃依頼を出したことを認めた。

 そして、メイドに金を掴ませてクラリス殺しを依頼したことも認めた。


「お父様……お母様を殺したあんな人のことお母様だなんて呼んで……私……私は……」

 真実を知り、ユマは半狂乱になり泣きわめいた。

「お前のせいじゃない、私のせいだ。許してくれ、ユマ。すまない、本当に済まない」

 ユマをぎゅっと抱きしめる。

 二人を見て青ざめているオレノ。


 平民として暮らしていたときは幸せだった。優しい母と、時々訪れてはたくさんの贈り物をしてくれる父。可愛い弟だと大切にしてくれていた姉。

 ユマの母親がなくなり、屋敷に迎えてもらった時はこれほどの僥倖はないと思った。毎日の豪華な食事、掃除も洗濯も誰かがしてくれる。タップリのお湯に浸かれるお風呂。衣装だって父がプレゼントしてくれていたと言っても、これほどの種類と数すべてが自分の物なのだと興奮した。

 籍に入れてくれた時には、この屋敷も土地もまだ見ぬ領地もいずれ全てが自分の物になると思った。貴族の一員になるには途方もない勉学が必要だと言われていたがユマを見ていれば何とかなると思ったし自分にもできると思った。

 実際、お茶会や交流会で知り合った令息達とも上手くやっていた。彼らはオレノを引き取ってくれた父やユマを称賛し、伯爵家で頑張っているオレノの事もなかなかできる事ではないと褒めてくれていた。

 今となってはただ馬鹿にされていたのだと判る。それが貴族なのだ、幼いころから身に着けていた彼らと対等に渡り合うには死ぬ思いで勉強をするしかなかったというのに。

 そして、調子に乗って自分は嫡男だからと、母や自分を貶し始めたユマを追い出すぞと偉そうにしてしまった。元は自分たちのせいで姉とその母を苦しめていたというのに。父が、自分たちを追い出そうとしていると母に聞いた時も、そんな心配はないと思っていたのだ。

 クラリス様が生きていた時に平気で、妻を裏切っていたような父が今更息子を手放すはずはないと侮っていた。


 それなのに……まさか母がクラリス様を殺したばかりか、父まで殺そうとするなんて。

 そんな自分など父は疎ましく思うだろう。

 母の事を嘆き悲しむ暇もなかった。自分の身の振り方を考えなくてはならないのだから。

「オレノ」

「……はい」

 オレノは身を震わせた。

「すまなかった」

「え?」

「私がすべての原因だというのに……お前とバーバラを追い出すことで自分は悪くないのだと逃げようとしていた。バーバラを許すことは出来ない、憎くてたまらない。だが、彼女をそういう環境に置いたのは私のせいなのだ。お前にも辛い思いをさせてきたというのに……すまなかった」

「父上……」

「これからの事はゆっくり相談をしよう」

 アルマンはオレノも抱きしめた。

 オレノは涙を落とした。

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