第13話 秘匿

「オフェリー、こちらブラントーム侯爵夫妻だ」

「昨日の……ご気分はいかがですか? お嬢様の事お聞きしました、なんといってよいのか……」

 オフェリーは沈痛な面持ちで二人をいたわった。

「いいえ、失礼しました。あなたが……あまりにも娘に似ており取り乱してしまいました」

「オフェリー、ブラントーム夫妻も感染対策を詳しくお聞きになりたいと言われて昨日少しお話をしたんだ。そしてありがたいことに事業も提携することになったんだ」

「まあ、お世話になります。この度侯爵位を授けていただきましたが、不安に思っておりましたの。色々助言をいただけると嬉しいですわ」

「喜んでお力になりましょう。」

 涙のにじむ夫妻を見て、オフェリーは二人の手を握った。

「ありがとうございます。心強いですわ。娘様の代わりにはなれませんが、これからもよろしくお願いします」

 オフェリーにとっても誰も頼る者がいない今、親代わりに接してくれる夫妻に喜びと安堵を感じたのだった。


 その日から、ブラントーム夫妻はオフェリーを屋敷に招き、一緒に買い物に行き毎日一緒に過ごした。

 社交界では、クラリスそっくりなオフェリーのおかげでブラントーム夫妻が生きる気力を取り戻したと噂になっていた。


 その噂を聞いてもやもやしているのが、三人。


 そのうちの一人、アルマンはしつこくブラントーム夫妻のもとへ手紙をよこした。

 一度でいいからオフェリー様と話をしたい。ブラントーム家に受け入れたということはやはりクラリスなのではないか。クラリスを害そうとしたのは決して自分ではない、信じてほしい。クラリスを愛しているなどと日々不快な手紙を送ってくる。

 初めは返事もせず放置しておいた夫妻であったが、このまま付きまとわれればクラリスの身がまた脅かされると不安になった夫妻とレナルドは王太子殿下に願い出た。

 委細承知の王太子から、『国の救世主となったルロワ家に対する無礼と不敬の数々は許しがたい。だが、妻を亡くした事情を鑑み、今回限り不問に処す』とアルマンに通達がなされた。

 アルマンはクラリスに似たオフェリーに未練しかなかったが、これ以上問題を起こすとぎりぎり耐えている事業が今度こそ終わりを迎えると悟り、それ以上オフェリーに近づくことが出来なくなった。

 ただ、クラリスを失った悲しみに無理やり蓋をして何とか子供たちのために前を向こうとしていたのに、クラリスそっくりなオフェリーの姿を見たことでその蓋が破れ、また罪悪感と失った悲しみとで身を焼く痛みにさいなまれることになったのだった。


 もう一人は当然ながらバーバラ。

 アルマンとの仲もぎくしゃくし、もうドレスも宝石も買ってもえない。

 そんな時にクラリスが生きていたとアルマンとユマが騒ぎ出した。

 他人の空似に過ぎないのに自分たちのしでかした罪を挽回したいとでもいうようにオフェリーとかいう女に執着し始めた。バーバラは、生きているときにさんざん不義理をしているくせに今更だと二人を内心馬鹿にしていた。

 しかし、王太子直々にお叱りを受けてアルマンはオフェリーが別人であることを受け入れ、追いかけるのをあきらめた。

 胸がすっとする思いだったが、お母様に会いたいとめそめそ泣くユマはうっとうしいことこの上ない。

 何のために自分の子でもないのに優しくしてやったと思っているのだ。アルマンの後妻に入るために馬鹿な娘に取り入ったというのに全く役にも立たない。それなのにいまだにユマは、バーバラお母様と呼び泣きついてくる。

 オフェリーという女が姿を現してから毎日その話を聞かされるこっちの身になってほしい。

 メイドたちの視線もますますきつくなり、居心地が悪いったらありゃしない。

 アルマンもクラリスを失ったショックでバーバラを遠ざけているだけで、いつかまた薬を盛って関係を結べば流されるままにいい関係に戻れるはずだと思っていたのに、オフェリーとかいう女が現れてから一層義理立てをし始めた。


 ああ、とにかくうっとうしいオフェリーという女、早く領地に戻ればいいのに!

 あいつがいる限り、いつまでたってもみんなが事件のことを忘れず、事業も余計にうまくいかなくて私にお金が回らないんだから!

 


 そして、もう一人納得できないもの。それは娘のユマだ。

 アルマンが、オフェリーがクラリスとは別人だとはっきりつげたのにもかかわらず、ユマは祖父のブラントーム家に何度も手紙を出した。

 それでも一度も返事は来なかった。だから……


「お母様なんでしょう!? ユマよ!」

 ブラントーム家を訪ねるレナルドとオフェリーが乗る馬車の前に飛び出した。

 御者が危ないと怒りを露わにしたが、馬車からレナルドが下りてきて制した。

「あ、あの! お母さまにお会いしたいの!」

「君は?」

「ユマ・エーベルです! あの! 奥様がお母さまに似ているってきいて……」

「ああ、エーベル家の」

「そうです! お母さまに会わせてください!」

「よほど似ているようだね。だが、妻はオフェリーであり、君の母ではないよ。事情は聴いている、痛ましい話で同情するが君も貴族令嬢なら弁えなくてはね」

「でもでも! お爺様たちと会っているんでしょう? 親子だから会いに来たのでしょう!?」

「私たちは取引をすることになったのでね。交流を重ねている、まあ妻の事が彼らの慰めになっているようだが。さ、危ないから下がりなさい」

「いやっ! 私も、私にも会わせてください!」

 ユマがこれほど騒いでも馬車からオフェリーが出てこない。

「お母様! 聞こえているのでしょう!」

 ユマが泣いて馬車に近寄る。

 そこに騒ぎを聞きつけた祖父のロイクが駆けつけた。

「ユマ! やめなさい!」

「お爺様!だって……お母様が……お母様が!」

 涙でぐしゃぐしゃになったユマが馬車に飛び乗ろうとする。

 しかしロイクがグイっと腕を掴み、

「いい加減にしなさい! ルロワ夫妻に無礼だろう!」

 と引き留めた。


 ロイクは溜息をつくと

「お前はマナーも常識もなっていない。あれほどクラリスが言っていたのに、お前は聞く耳を持たずあの女のもとで遊び惚けているからこんな愚かに育つのだ」

「そんなの……そんなこと今更言ったって……」

「仕方がない、馬車を出す。家に帰りなさい」

「いや! 私もお爺様の家に入れてください!」

「可哀想な君に免じて、今日のことはなかった事にするよ。だが、本来ならこれは伯爵家に抗議するようなことだ。」

 レナルドが駄々をこねるユマに苛立ったように言い放った。


 ユマは泣きながら、ロイクが用意した馬車に揺られて帰っていった。

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