第14話 守る
「孫が申し訳ありませんでした」
「いえ。なかなかのご令嬢ですね」
「お恥ずかしい話ですが、縁は切れておりまして……」
「・・・そうですか。それより、オフェリーの具合が悪くなり、今休んでいるのです。申し訳ないが医者をお願いできますか?」
「! 早く中にお入りください! すぐに手配をさせますから」
ロイクは使用人に医者を呼びに行かせ、部屋を整えさせた。
ぐったりとベッドに横になっているオフェリーを診察した医者は、部屋を出てから
「おめでとうございます、ご懐妊でございます」
顔でそう告げた。レナルドは目を見開くと、
「ああ、神様……ありがとうございます」
感謝の祈りをささげた。
ブラントーム夫妻も涙を浮かべて喜んだ。
「ですが、少し安静が必要です。」
一転、不安になるようなことを医者が言う。
「どうして?どこか……悪いのか!?」
「いえ、どこが悪いという事ではありません。ただ、デリケートな時期でありあまり心労も与えず、あまり動かない方が良いでしょう」
「長時間馬車には……」
「ありえません。当面、馬車にもあまり乗られない方がよろしい」
その他細かい注意点をいくつか指示してから医者は帰っていった。
レナルドは困り果てた。
事件が解明されるまでとは思っていたが、懐妊したとなれば、慣れ親しんだ領地に連れて帰ってやりたい。このような時期に不穏な王都にいさせたくない。
だが長距離の馬車を禁じられるとなると、いつまで滞在しないといけないのかわからない。
「レナルド殿……」
「無理に連れて帰るわけにはいきません。しかしパトリックが……息子が私たちを待っているのです」
「あの子に子供がもう一人、私たちの孫が……レナルド様。もし……もし良ければあの子が無事出産を終えるまでこの屋敷に滞在していただけませんか?」
グレースが申し出た。
娘を自分のそばで見てやりたいというグレースの気持ちも分かる。
しかしそれほど長い間、領地を離れるわけにはいかない。
執務は両親がやってくれるから心配はいらないが、パトリックを置いてはおけない。
「レナルド殿、私からもお願いしたい。パトリック君も呼び寄せてこちらで暮らすのはどうだろうか? それにエーベル家の人間には決して接触させないから。頼む」
レナルドは、悩んだ末その案に同意したのだった
一度レナルドは領地へ戻り、両親へ事情を説明し、パトリックを連れて王都に戻って来た。
レナルドは家を借りるつもりだったが、王都に不慣れで知り合いのいないルロワ夫妻では警備の面でも生活面でも心配だとブラントーム家に滞在するよう強く請われた。
レナルドは困り果てたが、警備の面から言うとその通りである。
どういう経緯で川に流され記憶を失ったのかわからないが、何者かに殺されかけたのは確かなのだ。警戒するに越したことはない。
オフェリーは——クラリスはメイドに焼き殺されたことになっている。
襲われたクラリスが反撃してメイドを殺めてしまったのか、そこに第三者がいたのかはわからないが、その時に何があったとしてもレナルドはオフェリーを守り通すつもりだった。
どちらであったとしても、オフェリーの正体がばれる事があってはいけないのだ。
おまけに今は安静が必要な時期、そんな時に先ほどの娘や元夫を近づけるわけにはいかない。王都や社交にたけているブラントーム家にお世話になるのが一番良いと判断した。
ただ一つの懸念は、ブラントーム家はオフェリーの実家。慣れ親しんだ屋敷に使用人たち。長い間滞在することで記憶が戻ってしまったら。娘の事や元夫の事を思い出してしまったら……それが一番恐ろしかった。
レナルドは、お世話になるにあたってオフェリーの両親ブラントーム侯爵夫妻と情報を共有し、今後の事について話し合った。
オフェリーが被害者の立場であっても、加害者の立場であっても正体がばれるとまずい事から、絶対に実の両親だと名乗り出ない様にお願いした。そうかもしれないと疑われてもいけないと。
悲痛な顔をする夫妻であったが、大事な娘の命の為に二人は約束した。
「残酷なことを言っていると自覚はしています。ですが私にも、パトリックにも……新しく生まれてくる子にも彼女は必要なのです。何よりも彼女を苦しめたくない」
本来なら、あのユマという娘にも母として対面させてやらないといけないのだろう。だが、そもそも娘が母より愛人を選び、クラリス夫人を絶望させたのだ。
クラリス夫人が実家に助けを求めた後、何が起こったのかわからないが、オフェリーがこうなった原因の一因ではあるはずだ、だから娘にも会わせたくはなかった。
最もオフェリーが記憶を取り戻し、子供を引き取りたいと言えばその時は養子として迎えるつもりはあるが、今はかき乱してほしくなかった
「もちろんです。あんな男の事を思い出す必要はない。ユマも……もう縁は切りましたがあの子とも会わせる必要はありません」
「愛人を慕う子供……子供とはいえ物事の善悪位わかる年でしょう。哀れだとは思いますが、なおさらオフェリーは渡せない。」
三人は、今後は、自分たちだけしかいない場面でもオフェリーの事をクラリスとは呼ばない事に決めた。
昔からいる使用人の中にはオフェリーがクラリスではないかとの希望を持つ者がいまだにいるのだ。
オフェリーが初対面のように接するから相手もあきらめてはいるようだが、いつ誰に聞かれるかわからないため、そう取り決めをした。
「今日は少し調子がいいの」
そう言って、オフェリーはレナルドの腕に掴まり庭に出た。
美しく整えられた庭を見て嬉しそうに笑う。
「ここはとても落ち着くわ。パトリックも走り回っているわね。すぐに慣れてくれてよかったわ」
「……そうだな」
「本当に、ブラントーム夫妻にはお世話になってしまって。お嬢様に似ているからと言っても図々しかったわね」
「いや、娘に出来なかった事をしてやれると喜んでくださっているよ。それに我々だけでは、不案内の王都では心配だし。君は今安静が必要だからね、不安や余計ことで気を使わせたくないからありがたい。いつか恩返しをすればいいさ」
「そうね。ありがたく甘えさせていただくわ。パトリックの事も本当にかわいがってくれているの」
今もパトリックの遊び相手をしてくれている夫妻を嬉しそうに眺めるオフェリーに心が痛む。
親子だと名乗りを上げさせてやりたい。
無事に出産し、領地に帰ることが出来れば彼らを招き本当の事をオフェリーに伝えようと思う。
それまではオフェリーを守り切らなくてはならない。
「最近体調が良いようで良かった。」
「ええ、侯爵夫人のおかげですわ。とてもゆっくりさせていただいているの。使用人の方々もとてもよくしていただいてるから」
「医者から、不安や心配事も良くないと言われているからね。本当にありがたいよ」
「ふう、本当に。私にもし両親がいるならこのようにしてくれたのかしら?」
「きっとそうだよ。」
オフェリーは頷いて、微笑んで自分のお腹を撫でるレナルドの手に手を重ねた。
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