第12話 真実
式が終わり次第すぐに領地へ帰ろうと思っていたレナルドだったが、もうしばらく王都に留まることになった。
本当はすぐにでも連れて帰りたい。もし彼女が本当にクラリスだったらあのアルマンとかいう男に子供をたてに奪われるかもしれないのだから。
しかし。真実を知るチャンスは今しかないこと、真犯人を捕まえなければいつまでたってもオフェリーの身の危険を心配しなければならないことからレナルドは決断した。
オフェリーがクラリスでしかも殺されかけたという疑念がある限り、この滞在中も身辺に注意しなければならない。別人であると表明しているにもかかわらず、それを疑い狙われないとも限らないのだから。
犯人はアルマン・エーベル伯爵なのかその愛人なのか。それとも全く関係のない本当にメイドの単独犯だったのか。犯人がメイド単独であれば今更身の危険はないだろうが、アルマンか愛人なら危険すぎる。
ともかくまずはオフェリーがクラリスかどうかはっきりさせることが先決だった。
どのように動いたら良いのか考えていた時、ブラントーム侯爵夫妻が昨日のお詫びにきたいと先ぶれがあった。
レナルドは、王太子にオフェリーを茶会に誘うようにお願いをした。オフェリーがいないところでブラントーム夫妻と話がしたかったのだ。
「昨日は大変失礼なことをいたしました。せっかくの祝いの席を台無しにしてしまいお詫びのしようもありません。」
おそらくたくさんの金貨が入ったと思われる袋と、高級茶葉がテーブルの上に置かれる。
「それには及びません。そちらの事情は伺っております。今、妻はおりませんが、彼女も何も思っておりません。ただ、心配はしておりました。それほど妻はあなた方のお嬢さんにそんなに似ているのですか」
「……はい。似ているなんてものではありません。でもあの子は私たちにもアルマン殿にも見覚えがありませんでしたから……娘ではないと思い知りました」
オフェリーが不在と聞いて、見るからにがっかりとした様子の夫妻だった。
「……そうでしたか。こちらこそあなた方の心を乱してしまい申し訳なく思っています。」
それを聞いて夫人は涙を流した。
「あなたのような優しいお方があの子の夫であれば今頃あの子も……」
「やめなさい。失礼だ。重ね重ね申し訳ありません。私どもはこれで……」
「お待ちください、少しそのお話を伺えませんか?」
レナルドはメイドにお茶を頼み、その後は人払いをした。
レナルドはクラリス夫人の置かれていた状況を詳しく聞いた。
結婚直後に婚姻前からの愛人の存在を知り、離縁を申し出たクラリスに二度と愛人関係は結ばないと謝罪したのにもかかわらず、アルマンは子供をもうけた。そして娘までその愛人に会わせていた。
そして二度と会わない様に娘にも夫にも約束させたのに、二人は隠れてあっていた。娘のユマはクラリスを嫌って冷たい態度を取りはじめ、愛人をお母様と嬉しそうに呼んでいた。クラリスはもう耐えられないから一度実家に戻りたいと手紙を両親に出していた。
憤った両親がエーベル伯爵家に乗り込もうとした矢先、エーベルの使用人が悲壮な顔をしてクラリスの死を報告に来たという。
ブラントーム夫妻が駆けつけた時には、もう亡骸は運ばれていた。
騎士に聞くと、全身が焼けただれひどい状態で誰にも会わせることが出来ないため、そのまま棺に入れて教会に安置したと。
遺品だと、黒焦げになった指輪とネックレスを渡された。それは結婚するときに確かにクラリスに持たせた指輪だった。
王太子から見せられた書類にはなかった詳細を聞き、レナルドは気分が悪くなるほど腹が立った。
レナルドは険しい顔で二人の話を聞いていたが、しばらく黙って何かを考えた後、ブラントーム夫妻に切り出した。
「……。ブラントーム侯爵、今からお話しすることは絶対口外しないでいただけませんか。まだ虚実不明なのです」
「何のお話ですか?」
「……クラリス嬢には何か、彼女だと証明する身体の特徴はありませんか?」
グレースは悲鳴を抑えるように口元に手をやった。
「それは……それはオフェリー夫人があの子ということですか⁈」
声を荒げる妻の手をそっと握ったロイクは
「何のためにお聞きになるのですか? あなたの奥方は娘ではないのでしょう?」
震える声で尋ねる。
「……わかりません」
「分かりませんってどういうことですか!」
「彼女には記憶がないのです、ですからあなた方の娘だったとしてもあなたたちの事がわからないのです」
「あ……ああっ……クラリスよ……クラリスが生きて……」
「しっかりしなさい。次期ルロワ侯爵、それで?」
ロイクが身を乗り出す。
オフェリーは辺境の地に流れる川で、意識不明の状態で発見された。
救助され、意識は取り戻したが記憶を失っていた。
服装から貴族だと思われ、身元が分かるかもしれないと領主のルロワ伯爵家に連絡があったのだ。
レナルドの父が方々調査してくれたが、貴族で失踪人の届け出はなかった。
貴族であることは確かなため、そのまま救護院に置くこともできず、体調と記憶が戻るまで伯爵家の屋敷にあずかる事になったのだ。
気立ての良さと美しさに加えて非常に聡明であった彼女にレナルドが心を奪われるのは時間の問題だった。
婚姻を考えるにあたってもう一度、王太子の協力も仰ぎながら身元調査をしたが彼女の身元は分からなかった。そのため、知り合いの子爵の養女にしてもらい婚姻したと話した。
「では……ではやはりクラリスは生きて……」
ブラントーム夫人は嗚咽を漏らして泣いた。
「ですから、確認をしたいと思っています。クラリス夫人には何か特徴がありましたか?」
「特徴なんて……」
「何かないのか。ほくろだとかあざとか……」
「つむじが……つむじが二つありますわ! それから……それから……あの子の左の肩に傷跡があります! 夫人は……あなたの夫人はどうなのですか?!」
「……オフェリーもつむじが二つと……傷跡もございます」
「ああ、神様!」
侯爵夫妻は抱き合って涙した。
「あの子に会わせてください」
「……。先ほどお願いをした通り、このことを誰にも話してもらっては困るのです。本人にもです」
「なぜ!」
「オフェリーが……クラリス夫人だと判ったらまた命を狙われるかもしれません。それにあの男の元に帰らなくてはならないでしょう? 私は彼女がクラリス夫人だとしても渡すわけにはいかない。もしあなた方が公表したり元の家族に戻す気なら、赤の他人であると言い張ります」
ブラントーム夫妻は苦渋の表情を浮かべていたが
「……そうですね。私はアルマンとあの愛人が娘を殺したのだと思ってきました。あの子が生きているとまた狙われるかもしれない。あの子をこれほど苦しめたあの男の元へ返せるはずがありません」
レナルドの判断を支持した。
「……わかりました。では。これからいろいろ話を詰めましょう、そして明日オフェリーに会って下さい。あなた方の娘に」
ブラントーム侯爵夫妻は何度も頷きながら涙を落とした。
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