第28話 中級魔法の威力
「先生、この手を離してくださいよ。俺だってわざとやったわけじゃないですから……」
「……次にふざけた真似をしてみろ、その時は徽章を全て剥奪するからな」
「別にいいですよ、こんなもん欲しければいくらでも手に入りますからね」
「ぐっ……」
魔術師の世界は実力主義社会のため、生徒だからといって実力ある人間ならば教師もぞんざいには扱えない。
「……バルト、今のは本当に事故なんですか?」
「何だよリンダ?俺がわざとその女を傷つけようとしたと思っているのか?だったら安心しろ、俺は女に手を出すクズじゃねえよ……悪かったな」
「う、ううん……気にしないで」
危うく木片が当たりかけた女子生徒は怯えた表情を浮かべ、そんな彼女にリンダは優しく頭を撫でて慰める。一方で様子を見ていたコオリはこれ以上にこの場に居ると気付かれると思い、急いで離れる事にした――
――コオリはバルルから借りた鍵を利用して自分の教室に一旦戻ると、先ほどの上級生達が扱っていた中級魔法を思い出す。魔力量の少ないコオリでは下級魔法よりも魔力消費量が多い中級魔法を扱うのは危険だと自覚していた。
そもそも授業に参加していた生徒の中にコオリと同じように「氷」を扱う生徒は一人もいなかった。氷の魔法を扱う人間は滅多に居らず、それ以前にコオリは氷の中級魔法を知らないので試す真似もできない。
「凄かったな、あの人の魔法……それとリンダさん」
教室の椅子に座ったコオリは吸魔石に触れた状態で考え事を行い、彼の頭の中にはバルトとリンダの姿が思い浮かぶ。バルトの中級魔法も凄かったが、リンダの風の魔力を纏った姿も一度見たら忘れられない。
(リオンのスラッシュも凄かったけど、あのスライサーという魔法はもっと凄かったな……)
コオリの見た限りではスラッシュは三日月状の風属性の刃を放ち、スライサーは円盤型の風の渦巻を作り出し、相手を切り刻む魔法に見えた。
(リオンも同じ魔法を使えたりするのかな……)
リオンの事を思い浮かべながらコオリは自分の持っている杖に無意識に視線を向け、正直に言えばリオンやバルトのように自分も魔力に恵まれていたらと思ってしまう。
(僕もあの二人みたいに凄い魔法が使えたらな……)
コオリが扱えるのは下級魔法の「アイス」だけであり、このアイスは氷塊を作り出して相手に当てる事しかできない。この数日の訓練のお陰でコオリはある程度の大きさの氷塊を作り出せるようになったが、それでもリオンの「スラッシュ」やバルトの「スライサー」と比べると威力に大きな差があった。
(あ~あ、俺も風属性の使い手だったらよかったのに……いや、それだとあの時に殺されてたか)
コオリは森の中でリオンと共にファングの群れに襲われた時、もしもコオリが風属性の適性があったとしても、二人とも風耐性の能力を持つファングに抵抗できずに殺されていた。そう考えるとコオリは自分が「氷」を操れる属性だったからこそ命拾いしたのだと思い直す。
(そうだよな、俺の魔法だって役に立たないわけじゃないんだ。悲観する必要なんてない、俺なりに強くなればいいんだ)
扱えもしない属性の魔法に憧れを抱くよりも、自分が使う事ができる魔法(氷)を信じて磨いていく事に決めたコオリは気を取り直して頬を叩く。
(バルルさんもいつ戻ってくるか分からないし、吸魔石の訓練以外の事もやろうかな)
コオリは吸魔石に触れた状態で小杖を取り出し、いつまでも戻ってこないバルルを待つのも暇なため、この時間を有効利用するために魔法の研究を再開する。
吸魔石の訓練をさぼるわけにはいかないため、コオリは左手で吸魔石に触れた状態で魔力が吸い込まれないように維持し、反対の右手で小杖を掴んで魔法の練習を行う。
(うっ、この状態だと魔力を操るのが難しいな……)
吸魔石に触れた状態でコオリは魔法を発動しようとすると、小杖に送り込む魔力を吸魔石に吸収されそうになる。どうにか魔力を奪われないようにしながらコオリは魔法を発動させて氷塊を作り出す。
「アイス」
小杖の先端から氷塊が誕生すると、どうにか発動に成功したコオリは額の汗を拭う。試しにコオリは杖を机の上に置くと、作り出した氷塊は徐々に小さくなって消えてしまう。
(やっぱり杖を手放すと魔法は長続きしないのか……あれ?リンダさんは杖を持っていなかったけど、どうやって魔法の力を使ったんだろう?)
先ほどの授業ではリンダは杖の類を使用せずに風の魔法を自分の身体に纏わせた事を思い出し、彼女がどうやって魔法の力を引きだしたのかコオリは気になった。授業の時の彼女の姿を思い返し、すぐにコオリはリンダが腕に腕輪のような物を装着していた事を思い出す。
(そういえば杖以外にも魔法の力を引きだす事ができる道具があると聞いたけど……そうだ、確か「魔法腕輪」だ!!)
以前にコオリは何度か「魔法腕輪」なる単語を耳にした事があり、この魔法腕輪は杖がなくとも魔法の力を発動できる魔道具である。コオリが愛読していた絵本の中の魔術師たちの中にも魔法腕輪を装着する者がいた。
よくよく思い出すとコオリはこれまでにすれ違った生徒の中にも魔法腕輪のような物を装着していた者達が居た事を思い出す。先ほどの授業でもリンダと共に見学していた男子生徒も魔法腕輪を装着しており、彼等は教師からは「魔拳士組」と呼ばれていた。
(そうか、リンダさんは魔法腕輪を身に着けてたから杖は必要なかったのか)
素手での戦闘の場合は杖の類は邪魔になるため、魔拳士と呼ばれる者達は全員が魔法腕輪を利用する。リンダも魔法腕輪を利用して自分の体内の魔法の力を引きだし、風の魔力を拳に纏わせて戦っていた。
(皆、色々と工夫してるんだな……工夫か)
コオリは杖を取り出して今度は吸魔石から手を離した状態で構える。今ならばコオリは無詠唱でも魔法を発動できるのではないかと考え、瞼を閉じて杖に魔力を送り込む。
(きっと今なら……アイス!!)
心の中でコオリは魔法を唱えると、杖先が反応して氷塊を作り出す。詠唱を行う時と比べて発動に多少の時間はかかったが、それでもコオリは言葉を口にせずに魔法の発動に成功した。
「やった……は、初めてできた!!」
興奮した様子でコオリは自分が遂に無詠唱で魔法を発動させた事に喜び、この数日の間に魔力操作の技術が磨かれた事で無詠唱で魔法を発動できるようになっていた。まだまだ発動までに時間が掛かるが、それでも以前はできなかった事ができるようになったのは嬉しい事だった。
「俺も成長してるんだな……けど、次はどうしよう?」
初めて無詠唱魔法に成功した事に喜んでいたコオリだが、ここから先は自分は何をするべきか考える。魔力操作の技術を磨くのも大事だが、できる事ならば前よりも大きく作れるようになった氷塊を利用した新しい戦法を考える。
杖先に浮かぶ氷塊を見てコオリは考え込み、不意に彼の頭の中にリオンの顔が思い浮かぶ。どうしてこの状況でリオンの顔が思い浮かんだのか自分でも不思議だったが、彼が扱っていた「スラッシュ」と呼ばれる魔法を思い出す。
「……ちょっと試してみようかな」
面白い事を思いついたコオリは教室を見渡し、丁度いい大きさの教卓を発見する。この上に何か適当な置物を置けば訓練場の的当て人形の代わりになる。
コオリが借りている教室は本来ならば数十人の生徒が使用するために作り出された部屋だが、今は生憎とコオリ一人しかいない。彼はこの広々とした教室を利用し、自分専用の訓練場を用意する事にした。
「置物は……そうだな、あれでいいかな?」
流石に学校内の備品を壊すわけにはいかず、色々と迷った末にコオリは学生寮に戻って自分の荷物を取りに戻る事にした――
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