第29話 圧縮
――学生寮に戻って荷物を取ってきたコオリは、教卓の上に的当て人形の代わりに猪の置物を置く。こちらは先日に魔法の練習で利用した置物とは別の物である。
「うん、やっぱりこれがいいな」
準備を終えるとコオリは置物に向けて杖を構え、魔法を唱える前に目を閉じて集中力を高める。今回作り出すのはただの氷の塊ではなく、刃物のように鋭い切れ味の氷を作り出す必要があった。
意識を集中してコオリは無詠唱で魔法を発動させると、杖の先端に氷塊が誕生する。彼が作り出したのはリオンの「スラッシュ」を意識して作り出した三日月状の氷の刃だった。
「よし、これならきっと……行け!!」
氷塊を変形させるとコオリは教卓の上に置いた置物に向けて氷塊を射出した。その結果、氷塊は見事に置物に衝突させる事に成功したが、置物は吹き飛んだだけで壊れる事はなかった。
「あれ?勢いが弱かったかな?それとも切れ味が足りなかった?」
いつもの氷弾と違って氷塊の規模が大きいせいか上手く操れず、折角形を整えて繰り出したのに置物を切る事もできなかった。
「これじゃあ、役に立てそうにないな……もっと切れ味を鋭くさせないといけないか?」
コオリは杖から離れた氷塊を引き寄せ、もう一度だけ試してみる事にした。今度は先ほどよりも攻撃速度を上げた状態で熊の置物に目掛けて氷塊を放つ。
氷塊は再び置物に衝突したが、今回は置物に氷の刃が食い込む。だが、破壊までには至らずに魔法の効力が消えた途端に置物は床に落ちてしまう。
「だ、駄目か……何が悪いんだろう?」
またもや失敗したコオリは頭を掻き、せめてリオンの「スラッシュ」と同等の威力を引き出せなければ実戦では使い物にならない。
(やっぱり室内だと壁や床を壊さないように意識しすぎて上手く魔法を飛ばせないな……けど、あと少しで何か掴めそうな気がする)
置物を破壊する事はできなかったが、傷つけただけでも一歩前進したと思い直したコオリは考え込む。リオンの真似事をしていてもこれ以上はどうしようもなく、彼は他の攻撃手段を考える事にした。
コオリがよく利用する「氷弾」のように小さくて単純な形をしている物ならば扱いやすいのだが、氷塊の規模の大きさや形が複雑な物ほど操作が困難となる。どうにか氷塊の新しい使い方を考えていると、不意に喉が渇いてしまう。
(ちょっと喉が渇いたな……)
水筒を取り出してコオリは水を飲もうとした時、水が温い事に気づいて魔法で小さな氷を生み出す。コップの中に氷を入れた状態で水を注ぎ込み、冷やしてから飲み込む。
「ふうっ、こういう時は便利だよな……ん?」
自分がコップに入れた氷を見てコオリはある事に気が付き、魔法で造り出した氷は簡単に溶ける事はないが、本物の氷ならば時間が経過すれば自然と小さくなって溶けていく事を思い出す。
氷が徐々に小さくなる光景が頭に浮かび、何か思いつきそうなコオリは考え込む。そして彼が至った結論は「氷弾」の強化だった。
「待てよ、もしかしたら……いや、だけどそんな事ができるのか?」
これまでにコオリは氷塊の形を変化させて生み出してきた。だが、彼が思いついた手段は変形ではなく「圧縮」という表現が正しく、今まで試した事はないがこれまでの修業で魔力操作の技術は格段に上がった今の自分ならばできるのではないかと考えた。
「……試してみる価値はあるかもな」
杖を取り出したコオリは無詠唱で魔法を発動させ、自分が限界まで出せる大きさの氷塊を作り出す。通常の氷弾よりも何倍もの大きさの氷塊を作り出し、その状態からさらに意識を集中させる。
(
ようやく大きく作れるようになった氷を再び小さくさせるなど普通ならば有り得ない発想だろう。だが、コオリの作り出した氷は本を正せば魔力の塊であり、そもそも魔法自体が魔力から生み出される現象にしか過ぎない。
外見は本物のコオリのように見えても実際にはコオリの生み出す氷塊は魔力で構成された物体に過ぎない。だから自然の氷のように時間経過で溶ける事もなく、魔力が維持する限りは消える事は有り得ない。コオリが実践じようとしているのは魔力の「圧縮化」だった。
(大きな氷を操る事は難しい……けど、魔力を圧縮させて小さくすればどうだ!?)
念じるごとに氷塊の規模は徐々に小さくなり、最終的には「氷弾」と同程度の大きさへと変化した。コオリは汗を流しながらも生み出した氷塊を見て驚く。
「色が変わった……それに硬くなってる?」
これまで作り出した氷弾よりも氷の色合いに青みが増しており、さらに触れてみると鋼のように硬く、冷たさも増していた。明らかに今まで利用していた氷弾とは異なり、早速だがコオリは魔法を試したくなった。
(ここでやると大変な事になりそうだな……ちょっと外に出てみようかな)
室内で氷弾を撃ち込むと何が起きるか分からず、一旦外に出てから試してみる事にした――
――訓練場に出向くと他の生徒の姿は見当たらず、魔法を試す絶好の機会だった。コオリは他の人間に見つかる前に魔法を試すため、木像人形を運び込んでまずは通常の氷弾を撃ち込む。
「はあっ!!」
無詠唱魔法を覚えた事でコオリは杖を翳すだけで氷弾を撃ち込めるようになり、彼の放った氷弾は木像人形の頭部を貫通する。現時点でも人間相手ならば十分な威力を誇るが、魔物の中には鋼鉄のように硬い肉体を持つ存在もいると聞いたことがある。
「よし、今度は本番だ……何だかどきどきしてきたな」
杖を構えた状態でコオリは冷や汗を流し、集中力を高めて魔力を圧縮させた氷弾を作り出す。今の所は「圧縮氷弾」とでも呼べばいいのか、ともかく木像人形の胸元の部分に狙いを定める。
木像人形の部位の中で最も壊れにくい箇所は胸元であり、他の部位と比べて厚みが大きい。それでもコオリの氷弾ならば貫けるだろうが、今回の氷弾は魔力を圧縮させた状態で撃ち込む。
(限界まで回転させた状態で撃ち込む……修行の成果を試すんだ!!)
集中力を限界まで高めてコオリは圧縮氷弾に高速回転を加えると、木像人形の胸元に目掛けて解き放つ。杖から放たれた瞬間、衝撃波のような物が発生してコオリは尻餅を着く。
「うわっ!?」
発射しただけでコオリは吹き飛ばれそうになり、撃ち込まれた圧縮氷弾は木像人形の胸元に衝突すると、まるで貫くというよりは透り抜けるかのように飛んでいく。数十メートルほど移動すると圧縮氷弾は消えてなくなり、それを見ていたコオリは唖然とした。
「な、何が起きたんだ?」
木像人形に近付いてコオリは圧縮氷弾が撃ち込まれた箇所を確認すると、驚くべき事に胸元に小さな穴が出来上がっており、圧縮氷弾が貫通したのは確かだが、あまりの貫通力に貫かれた箇所以外は殆ど罅さえ入っていなかった。
貫通力を極めると無駄な破壊は生み出さず、急所だけを確実に撃ち抜いた光景にコオリは身体が震えてしまう。まさか圧縮氷弾がここまでの威力を引き出すとは思わず、無意識に握り拳を作る。
(やった……この魔法なら魔物が相手でも十分に通じるぞ!!)
まだまだ完璧には使いこなしたとはいえないが、圧縮氷弾は従来の氷弾とは比べ物にならぬ威力を誇り、この力を使いこなせればコオリは魔導士に一歩近付けると確信した――
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