第14話 誘拐犯

「こ、このクソガキがぁっ!!」



短剣を弾き飛ばされた男は自棄になったのかコオリに目掛けて突っ込み、彼を力ずくで捕まえようとしてきた。それに対してコオリは杖を上段に構えると、孤児院で暮らしていた時によく行っていた「薪割り」の要領で相手の頭に杖を叩き込む。



「おらぁっ!!」

「ぐへぇっ!?」



まさか魔法ではなく杖を叩き込まれるとは思わなかった男は顔面を強打し、鼻血を噴き出しながら地面に倒れた。その様子を見てコオリは額の汗を拭い、杖が壊れていないのか確かめる。



「しまった、結構強く叩いちゃった……けど、傷一つないな」



魔術師の杖は世界樹と呼ばれる世界で一番の高さを誇る樹木でしか作られず、耐久力も高く人間の力で壊れる代物ではない事が幸いした。通り魔の男を全力で叩いても杖には罅一つなく、これならば護身用の武器としても扱えなくもない。


杖が無事であることを確認するとコオリは気絶した男を見下ろし、とりあえずは兵士を探し出して男を捕まえる必要があった。だが、コオリはある疑問を抱く。



(もしかしてこいつは俺を尾行してたのか?でも、それだと最初の通り魔はなんだったんだ?)



魔法学園を守護する門番の兵士達と会話中、通り魔が現れたと街道の人々は騒ぎ立てた。それを聞いて兵士は騒ぎが起きた場所に向かったはずだが、何故か通り魔の男は兵士に見つからずにコオリの元に現れた。



(まさかこいつ……仲間がいたのか!?)



男が兵士に捕まらずにコオリの前に現れた理由、それは彼以外に他に仲間が存在して片方が兵士の注意を引き付けている間、こちらの男がコオリを捕まえる算段だった可能性が高い。



(もしも他に仲間がいるとしたらまずい!!すぐに兵士を見つけないと……)



他の仲間が駆けつける前にコオリは路地裏から抜け出そうとしたが、彼が路地裏から出て行こうとした瞬間、上空から何者かが下りてきた。



「ふんっ!!」

「うわっ!?」



コオリの目の前に現れたのは頭に獣耳と腰の部分に尻尾を生やした男であり、一目見ただけでコオリは相手が「獣人族」だと気が付く。動物と人間の特徴を併せ持つ獣人族は普通の人間とは比べ物にならない運動能力を誇る。



(誰だこいつ!?いや、この状況で現れたという事は……敵だ!!)



唐突に現れた男にコオリは警戒心を高めると、杖を構えて魔法を放とうとした。それに対して男は即座に腕を伸ばして杖を掴み取る。



「アイス……うわっ!?」

「ちっ、手間をかかせるな!!」



杖を掴まれたせいでコオリが生み出した氷塊は見当違いの方向に射出され、獣人族の男に掠りもしなかった。男はコオリから力尽くで杖を奪い取ろうとするが、コオリも必死に抵抗を行う。



「は、離せっ!!」

「このガキがっ!!」

「ぐあっ!?」



いつまでも杖を手放そうとしないコオリに男は痺れを切らして彼を蹴飛ばし、無理やりに杖を奪い取った。コオリは地面に倒れながらも男を睨みつけた。



「げほっ、げほっ……くそっ!!俺の杖を返せ!!」

「ガキが……だが、魔法を使えるという事は当たりのようだな」

「何だと!?」



獣人族の男はコオリから奪った杖を確認し、本物であると知ると笑みを浮かべた。ちなみに普通の人間が魔術師の杖を触れると力が奪われるはずだが、男は両手に手袋を身に着けており、直に触れていないので杖を普通に触ることができる。


倒れている通り魔の男の仲間だと思われるが、獣人族の男の方は気絶している人間の男を見て鼻を鳴らし、その背中を踏みつける。



「このクズが!!こんなガキ一人にやられやがって!!」

「うぐぅっ!?」

「おい!?何してんだ!!仲間じゃないのか!?」

「仲間だと?笑わせやがる……こいつはただの囮だよ」



男の背中を踏みつけながら獣人族の男は笑みを浮かべ、彼は自分とこの男がこれまでに至る経緯を思い返す――






――獣人族の男の名前は「キイバ」と言い、もう一人の通り魔に仕立て上げられた人間の男は「セマカ」という。キイバはセマカを利用して誘拐計画を立てていた。


セマカは重度の薬物中毒者で薬を買うために強盗するほどの悪党だった。そんなセマカにキイバは接触し、彼に金を渡す条件として王都の子供だけを狙った誘拐させ、その後に殺人を実行させる。


どうして子供だけを狙わせたのかというと、それはセマカを利用してキイバは魔法学園の生徒を誘拐するためだった。王都で子供だけを狙った誘拐事件が起きた場合、当然ながら兵士は攫われた子供はこれまで誘拐してきた人間が犯人だと思い込む。


キイバの計画はセマカを誘拐犯に仕立て上げて自分は魔法学園の生徒を誘拐し、その生徒の命を引き換えにセマカを通して大金を奪い取る。仮に計画が失敗したとしても誘拐や殺人を実行したのはセマカであり、彼一人に罪をなすりつけて自分は逃げ出す算段だった。


この計画の一番のいい所はセマカは重度の薬物中毒であり、薬を与えなければセマカはまともに話す事もできずに死ぬ。仮に兵士に捕まっても常軌を逸したセマカの証言などまともに聞き入られず、キイバは自分の情報が漏れる事はないと思っていた。それにキイバには自分が絶対に捕まらないもう一つの理由があった――






――コオリは自分の杖を奪い取ったキイバを睨みつけ、この状況をどうやって打破するのかを考える。とりあえずは時間を稼ぐためにハッタリを言い放つ。



「こんな事をして無事でいられると思うなよ!!すぐに兵士が来てお前を捕まえるぞ!!」

「ふん、兵士が俺を捕まえるだと?生憎だがそれは有り得ないな……何故なら俺が兵士だからだ」

「何だって!?」



キイバは自分が捕まらないと自信を抱いた理由、それは彼自身が城下町の警備を任されている兵士であり、もしもセマカが下手をこいたら自分の手で捕まえて彼を始末するつもりだった。


犯罪者を捕まえるはずの兵士が悪党である事にコオリは愕然とした。一方でキイバはコオリの杖を確認して笑みを浮かべた。



「中々立派な杖じゃないか。こいつだけでも高く売れそうだな」

「ふざけるな!!その杖は俺の……ぐえっ!?」

「あんまり調子に乗るなよガキがっ!!大声を上げて他の人間を呼ぼうとしても無駄なんだよ!!」



騒ぎ立てるコオリをキイバは首元を掴んで持ち上げ、これ以上に声を出せない様に壁際に叩きつける。抵抗しようにも獣人族と人間の間には大きな力の差が存在し、首元を絞めつけるセマカの右手をコオリは引き剥がせない。



(こいつ、なんて力だ……まずい!?)



首を圧迫されて徐々にコオリの意識が薄まり、このまま気絶すれば連れ去られてしまう。キイバは苦しむコオリに対して耳元で囁く。



「言っておくが俺とお前は今日初めて会ったわけじゃねえぞ。昨日の事情聴取の時に俺も居たんだからな」

「っ……!?」



キイバは昨日にコオリが何者であるかは既に突き止めており、王都に身内がいないコオリが誘拐されたとしても誰も気付かない。だからキイバは最初からコオリを狙って犯行を起こした。

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