第9話 氷柱

「もう一度やってみるか……今度はもう少し離れた場所から撃ってみよう」



椅子を壁際に移動させてその上に人形を置くと、反対側の部屋の端まで移動したコオリは杖を構える。今回は最初から狙いを定めた状態で魔法を唱えた。



「アイス!!」



呪文を唱えた瞬間、氷塊は出現するのと同時に椅子の上の人形に目掛けて突っ込み、見事に頭に衝突した。だが、やはり威力不足なのか当たった瞬間に砕け散ってしまう。


木造製の人形も破壊できない程度の魔法では魔物など倒せるはずもなく、どうにか威力を上げる事ができないのかとコオリは考える。そして先ほど思いついた氷の形を変化させる事ができないのかを試す。



(どんな形にすればいいんだろう。刃物みたいに鋭くできるかな?)



再び魔法を発動させようとしたコオリだったが、氷をどのような形にするべきか迷う。最初は短剣の刃のような形に変形させるか考えたが、不意に冬の時期を迎えると見かける「氷柱」を思い出す。



(氷柱みたいな形にすれば刺さりやすいかもしれない。ちょっと試してみるか)



頭の中で氷柱を思い描きながらコオリは杖を握りしめると、魔法を発動させて氷塊を出現させた。



「よし、上手くできた」



これまでと違って杖から出現した氷の形はコオリの思い描いた「氷柱」のような形状で出現し、先端が尖った氷ならば人形を貫けると信じて試してみようとする。



「何処を狙おうかな……やっぱり、頭かな」



人形の頭の部分に狙いを定めてコオリは杖を構えると、気合を込めて氷塊を撃ち込む。



「当たれっ!!」



杖から発射された「氷柱」は人形の頭部に目掛けて真っ直ぐに飛来し、今度は砕ける事もなく突き刺さった。それを見てコオリは握り拳を作り、遂に攻撃が成功した事に喜ぶ。


人形の頭に突き刺さった氷柱を見て、これならば実戦でも役立つとコオリは考えた。しかし、数秒と経過しただけで氷が溶けて跡形もなく消えてしまう。



「あれ、もう消えちゃった……うっ!?」



魔法が解除された途端にコオリは頭痛を覚え、その場で膝を着いた。魔法を使いすぎた影響で肉体に負担が掛かり、しばらく休まなければ魔法は使えそうになかった。



(そう言えば最初の時も魔力を使いすぎて気絶したんだっけ……考えも無しにばんばん撃ってたらまずそうだな)



新しい攻撃法を思いついたにも関わらず、魔力を消費し過ぎて頭痛を起こしたコオリはベッドの上に横たわる。一旦眠って身体を休めようかと考えたが、明日の朝にリオンが訪れる事を思い出す。



(どうする?このまま本当に帰った方がいいのか?それとも王都に残って魔法学園に入るべきなのか?)



大金を持って孤児院に戻れば院長に恩を返せるかもしれないが、魔法学園に入学すれば国からの援助を得られる。しかし、リオンによればコオリは魔術師として才能はなく、魔法学園に入学しても魔術師にはなれないらしい。


だが、冷静に考えればリオンの言葉だけで自分の夢を諦める事にコオリは納得できない。コオリの目標は院長の代わりに魔導士になるのが彼の夢であり、魔法の力をもっと極めたいという気持ちもあった。



(あのリオンを驚かせるぐらい力を見せれば……)



頭痛が収まるまで身体を休めた後、コオリは再び練習を再開する事にした。だが、的に利用していた人形は頭の部分が壊れてしまい、これ以上の魔法の練習に使うには心許ない。



「他に練習に使えそうな道具なんてあったかな……あ、これならどうかな?」



荷物の中に木造製の皿を発見し、少し勿体ない気はしたが皿に羽ペンでいくつかの円を描き、本格的に的当ての練習の道具へと改造する。



「よし、あとはこいつをどうにか糸に括り付けてぶら下げれば……これでいいかな」



窓を開いて糸に括り付けられた皿を上手い具合に窓枠の上の部分に引っかけると、コオリは杖を構えて的当ての練習を行う。頭痛も収まったのでもう一度魔法を試そうとしたが、今度は形を整えずに的に当てる練習を行う。



「真ん中の円に狙いを定めて……アイス!!」



呪文を唱えると杖の先端に氷塊が出現し、吊り下げられた皿の中心に目掛けて発射される。氷塊は見事に真ん中に的中し、一発で狙い通りに当てられた事にコオリは喜ぶ。



「おおっ!!狙い通りに当たった。もしかして射的の才能があるのかな?」



先ほどから狙いを外さずに魔法を当てられる事にコオリは自信を持ち、もう一度だけ同じように魔法を発射させようとした。



「よし、もう一回試すか」



同じ構えからもう一度だけ氷塊を発射しようとした瞬間、開け放たれた窓から風が入り込み、的にしていた皿が揺れてしまう。



(しまった!?)



発射する前に皿が揺れたせいでコオリは氷塊が外れると思ったが、何故か氷塊は途中で軌道を変更して皿の中心部に的中した。



「えっ!?あ、当たった……というか、勝手に動いた?」



的に当たった氷塊を見てコオリは戸惑い、最初は自分の狙い通りに当てる事ができたのかと思ったが、どうやら氷塊はコオリの意思に応じて動くらしく、今まで外れなかったのも無意識にコオリが氷塊を操作して的に当てていた可能性がある。


魔法で造り出した氷塊はコオリの狙いの定めた場所に自動的に向かうらしく、試しにコオリは的に狙いを定めながら杖を別方向に構え、その状態から魔法を撃ち込む。



「さあ、どうなる……アイス!!」



魔法を発動した瞬間、杖先から誕生した氷塊は勝手に軌道が変化して再び的に向かって移動する。そして氷塊が的に衝突して砕け散ると、コオリは「アイス」の魔法の性質をまた一つ理解した。



「なるほど……最初に狙いを定めた箇所に向かって勝手に氷塊が動くのか。そうなると俺に射的の才能があるわけじゃなさそうだな。ちょっと残念だけど……」



自分に隠された才能が芽生えたのかと期待したコオリだったが、結局のところは魔法の力で的を当てられていたに過ぎないと知ってがっかりした。だが、軌道を変更させても標的を狙い撃てる能力があると知れただけでも十分であり、これならば的当ての練習も不要である。



「いててっ……流石にきつくなってきたな。でも、夜が明ける前にリオンを認めさせる魔法を完成させないとな」



森の中ではリオンの足で纏いにならないようにするのが精いっぱいだったが、魔法を覚えたコオリはリオンを驚かせるだけの威力まで魔法を引き上げようとする。少なくとも自分の魔法が素手で止められるような情けない魔法だと思われたまま別れるのは嫌だった。



「さてと、ここからどうすればいいかな……他に役立ちそうな道具はないかな」



荷物を探りながら魔法の練習に役立ちそうな物を探すと、鞄の奥から袋が入っている事に気が付く。不思議に思いながら袋の中身を開くと、そこには孤児院で暮らしていた時に子供達と一緒によく遊んだ道具が入っていた。



「そういえばこれも持って来てたんだっけ……」



袋の中身は「ベーゴマ」が入っており、遥か昔に東方に存在した国の遊び道具が王国にも伝来したと聞いている。孤児院に暮らしていた頃はよく男の子達とベーゴマで遊んでいた事を思い出したコオリは懐かしく思うと、不意にある事を思いつく。



「待てよ、もしかしてこれなら……」



ベーゴマを手にしたコオリは氷塊を利用した新しい攻撃法を思いつき、窓の外を確認して夜明けまで時間はある事に気づくと、一か八か賭けに出る事にした。



「この方法ならいけるかもしれない……よし、やってやるぞ!!」



朝までに魔法を完成させてリオンを認めさせなければならず、コオリは自分が気絶するのも構わずに魔法の練習を行う――

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