第10話 力を示す
「――何をしてるんだお前は?」
「ふがっ!?あ、あれ……もう朝?」
リオンの声が聞こえてコオリは目を覚ますと、自分がベッドではなく床に寝ている事に気が付く。昨晩は遅くまで起きていたせいで疲れ果て、ベッドに辿り着く前に眠り込んだ事に気が付く。
床で寝ていたコオリを見てリオンは呆れかえるが、彼は机の上に置かれた物を見て驚く。机の上には頭が割れた人形と中央部分に「穴」が開いた皿が置かれており、それを見てリオンは疑問を抱く。
(こいつは何をしていた?)
リオンが人形と皿に注意を引く中、コオリは立ち上がると大きな欠伸を行う。今から故郷に帰るか王都に残るかの返事をせねばならないというのに呑気そうな彼にリオンは呆れ果てる。
(人が心配してやったというのに呑気に眠りこけるとは……逆に大物かもしれないな)
コオリが自分の言葉に悩み過ぎて眠れていないのではないかと心配していたリオンだが、彼の姿を見て心配した自分が馬鹿らしく思えてきた。だが、気のせいか昨日と違ってコオリの表情に自信が満ちているような気がした。
(こいつ、一晩で何があった?)
昨日までのコオリは不安で押し潰されそうな表情を浮かべていたが、一晩明けると清々しい表情を浮かべていた。コオリの変化にリオンは疑問を抱きながらも返答を求める。
「それで……返事を聞かせてもらおうか」
「返事?ああ、昨日の話ね……その前に見て欲しい物があるんだ」
「何を言って……おいっ!?」
質問に答える前にコオリは机の上に置かれた人形を手に取ると、それをリオンに目掛けて投げつける。いきなり人形を投げ渡されたリオンは戸惑うが、そんな彼に杖を手にしたコオリは窓を指差す。
「そこの開いている窓の横に立って人形をこんな風に掲げてよ」
「おい、いきなり何を言い出す?」
「いいからやってみてよ。付き合ってくれたらちゃんと返事するからさ」
「……仕方ない奴だな」
リオンは言われた通りに開け開かれた窓の横に移動し、掌に人形を乗せた状態で窓の前に掲げる。それを見てコオリは杖を構えると、目つきを鋭くさせた。
コオリの雰囲気が変化した事にリオンは驚き、次の彼の行動にさらに驚かされる。リオンが掲げる人形に向けて狙いを定めると、コオリは呪文を唱えた。
「アイス!!」
「何を!?」
魔法が発動した瞬間、杖の先端に「氷柱」を想像させる形をした氷塊が作り出され、しばらくの間は対空を続ける。リオンは何をするつもりかと警戒するが、人形を掲げたまま動かない
集中力を限界まで高めているかのようにコオリは汗を流し、そして人形に目掛けて氷塊を射出する。リオンの目の前で氷塊は凄まじい速度で人形を貫き、窓の外へと消えていく。人形は胸元の部分に風穴ができた状態で床に落ちるのを確認したリオンは驚愕した。
(馬鹿な!?何だ今のは……こいつの魔法なのか!?)
昨日の時点ではコオリの魔法は氷の破片を飛ばす程度しかできず、素手で受け止めても傷一つ付けられない威力だった。しかし、一晩の間にコオリは木造製の人形を貫く程の破壊力を誇る攻撃魔法を繰り出した事にリオンは動揺を隠せない。
「はあっ……どうだ!!これが俺の魔法の力だ!!」
「これは……いったいどういう事だ」
「って、聞いてないし……」
自慢げにコオリはリオンに語り掛けるが、そんな彼を無視してリオンは人形を拾い上げ、風穴を確認した。氷の破片を当てただけでは絶対にあり得ない傷の付き方にリオンは疑問を抱く。
――コオリの魔法が人形を貫いた理由、それは昨日の晩に発見した「ベーゴマ」が関係していた。ベーゴマは回転を加えて遊ぶ玩具であり、この回転力を氷柱に加えればどうなるのかと思ったコオリは練習を行う。
最初の内は作り出した氷塊を回転させるのに苦労したが、何度も試していくうちに氷塊を操作する感覚を掴み、高速回転した状態で撃ち込む方法を身につけた。高速回転が加えられた氷塊の威力は大きく増し、人形を貫通する程の破壊力を得た。
「なるほど……回転を加えて威力を強化したのか」
「はあっ、はあっ……これなら魔物にも通じるかな?」
「……そうかもしれないな」
魔法の威力は大幅に強化することはできたが、一発撃ち込んだだけでコオリは汗を流し、その様子を見てリオンは相当に無茶をした事を悟る。
(たった一晩で威力を強化するための工夫を覚えたか……大した奴だな)
素直にリオンはコオリの努力を認め、今の彼の魔法ならば森の中で遭遇した魔物にも通じるかもしれない。だが、いくら魔法の威力を上昇させたからといってもコオリの状況が変わるわけではない。
「それでお前はどうするつもりだ?」
「……正直に教えてよ。俺の魔法は魔法学園でも通じると思う?」
「はっきりと言わせてもらおう。お前では無理だ」
「なっ!?」
一晩費やしてコオリは自分の魔法の力を磨いたつもりだが、そんな彼に対してリオンは風穴が出来上がった人形を放り込む。コオリは自分に人形を投げ返すつもりかと思ったが、リオンは小杖を取り出すと空中に浮かんだ人形に目掛けて振り下ろす。
「はっ!!」
「うわっ!?」
杖が人形に触れた瞬間、鋭い刃物に切り裂かれたかのように真っ二つに切れた。それを見たコオリは驚き、床に落ちた二つに別れた人形を拾い上げて戸惑う。あまりにっ綺麗な切り口に冷や汗を流す。
(なんて切れ味だ……いや、それよりもどうやって切ったんだ!?)
リオンは杖を振りかざしただけで呪文は唱えておらず、人形の切り口から叩き割ったわけではないのは明白であり、どのような手段を用いたのか不明だが彼は間違いなく魔法の力を使って切ったとしか思えない。
恐らくは杖を振りかざした際に森で見せた「スラッシュ」という風の斬撃を生み出す魔法を使ったと思われたが、森での戦闘では彼の繰り出した風の斬撃は標的を切りつけた後も遠くに飛んだ。もしも同じ魔法だとしたら部屋の天井や壁が切りつけられてもおかしくはないが、切れたの人形だけで他に影響はない。
「い、今のは?」
「……無詠唱魔法だ。一流の魔術師を志す者なら誰でも扱える技術だ」
「無詠唱……!?」
無詠唱魔法とは文字通りに詠唱を省いて魔法を発現させる技術であり、実際にリオンは人形を真っ二つに切り裂いた。二つに割れた人形が風の魔法で切り裂いた証拠であり、コオリはそれを見て身体が震える。
(魔法を極めればこんな事もできるのか……凄い!!)
呪文も告げずに魔法を発動させたリオンにコオリは羨ましく思い、自分も練習すれば同じ事ができるのかと思った。だが、リオンはそんなコオリに対して淡々と告げた。
「残念だがお前の魔力で無詠唱魔法を覚えるのは無理だ」
「なっ!?ど、どうして!?」
「無詠唱魔法は魔力の消費量が大きい。その上に本来の魔法の威力は半減する。だから滅多な事では無詠唱魔法は扱えない。それにお前の少ない魔力で無詠唱魔法なんて発動すれば一発で気絶するだろう」
「そ、そんな……」
リオンによれば無詠唱魔法が行えるのは魔力に恵まれた魔術師だけであり、コオリではどんなに努力したとしても無詠唱魔法は扱えない事を伝える。彼の言葉にコオリは納得できないが、そんな彼にリオンは淡々と告げた。
「それと体調を取り戻したのならばお前にはこの宿から出て行ってもらうぞ。魔法学園に入学するか、あるいは故郷に帰るかは自分で決めろ」
「えっ……」
「森で世話になった借りは返したつもりだ。これ以上にお前の世話を見る余裕はない。荷物をまとめてすぐに出て行くんだ」
「あ、ちょっと!?」
コオリにリオンは一方的に告げると、彼は部屋を立ち去った。一人残されたコオリは呆然とするが、冷静になって考えるとリオンの言う事も一理ある。
(そうだよな。あいつからすれば俺は赤の他人だもんな……けど、何かむかつくな!!)
自分に無詠唱魔法ができるはずがないと決めつけたリオンの言葉にコオリは反感を覚え、彼は机の上に置かれた小袋に視線を向ける。中身は商人から受け取った詫び金が入っており、これだけの金があれば当分の間は宿代には困らない。
リオンからは出て行けと言われたが、コオリは宿屋の人間と話を付けてもうしばらくの間だけ滞在する事を決めた。折角手に入れた大金だが、孤児院への仕送りは後回しにしてコオリは魔法学園に入学する前に「無詠唱魔法」の習得を試みる。
「絶対に覚えてやる!!」
コオリは無詠唱魔法の習得するために練習を重ね、もしもリオンと再び遭遇する日が訪れたら自分の力を見せつけて彼を驚かせようと思った――
――コオリが決意を新たにしている頃、リオンは宿の外に待たせていたジイと合流する。
「リオン様、お友達とのお別れは済まされましたか?」
「……別に友人ではないと言っただろう。義理は通した、もう奴と会う事もないだろう」
「そ、そうですか……では参りましょう」
ジイが手配していた馬車にリオンは乗り込もうとすると、最後に宿屋に振り返った。コオリがこれからどうなろうとリオンの知った事ではないが、彼が最後に見せた表情を思い出す。
「もしかしたら……化けるかもな」
「リオン様?」
「何でもない、さあ行くぞ」
コオリの事を思い出したリオンは無意識に口元に笑みを浮かべるが、すぐに気を取り直して王都にある自分の屋敷へと向かわせた――
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