第3話 魔法使いの少年

「――本当に逃げ切れたみたいだな」



暗闇の森の中でこれまでに起きた出来事を全て思い出したコオリは冷静さを取り戻し、これからどうするべきかを考える。



(とりあえず馬車に戻ろう。俺の荷物も置いたままだし、もしかしたら俺以外に生き残った人が居るかも……)



暗い森の中、コオリは月明かりだけを頼りに元の場所に戻ろうとする。必死に記憶を辿りながらコオリは自分が乗っていた馬車に戻ろうとしたが、進行方向の先から物音が聞え、慌てて近くの木に身を隠す。。



(そ、そんな!?まさか……!!)



嫌な予感を抱きながらもコオリは音がした方向に顔を向けると、最悪な光景が映し出されていた。コオリの視界には口元が血塗れのオークの姿があり、その手には殺された傭兵の死体が握りしめられていた。


どうやらオークはコオリを追いかけるのを辞め、自分が殺した人間を食べていたらしく、傭兵の死体に喰らいついていた。口元が血塗れになりながらも食べるのを辞めない。



「プギィイイッ……!!」

「っ……!?」



両手で口を押えて悲鳴をあげるのを堪えながらコオリは身を隠し、気づかれる前にこの場を立ち去ろうとした。だが、運悪く足元に落ちていた木の枝を踏んで音を鳴らしてしまう。



(しまった!?)



物音を耳にしたオークは振り返り、口にしていた傭兵の死体を地面に放り出し、鼻を鳴らしながらコオリの元へ近づく。



「プギィッ……!!」

「っ……!?」



足音が近付いている事に気付いたコオリは顔色を真っ青に染め、このままでは見つかってしまう。だが、逃げようにも身体が言う事を聞かない。


先ほどは奇跡的にオークを撒く事に成功したが、体力を使い切った今の状態では逃げ延びるのは不可能だった。もう駄目かと諦めかけた時、コオリは思い出した。



(そ、そうだ!!俺は使なんだ!!)



自分が「魔術師」である事を思い出したコオリは途端に勇気が芽生え、絵本に出てきた主人公も魔法の力で魔物を倒していた。コオリは勇気を振り絞って樹木から姿を現すと杖を構えた。しかし、恐怖のあまりに錯乱していたコオリは忘れていた。それは一度だって自分が魔法を使った事がないのを気付いていなかった。



「く、来るな!!吹っ飛ばすぞ!!」

「プギャッ!?」



コオリは杖を構えて絵本に描かれていた魔法使いのように魔法を使おうとした。とりあえずは絵本で読んでいた魔法使いが扱っていた魔法の名前を叫ぶ。



「エクスプロージョン!!」

「……プギィッ?」



大声でコオリが呪文を叫んだが杖からは何も生み出されず、オークは戻ってきた獲物の行動に不可解に想いながらも腕を伸ばす。



「プギィッ!!」

「うわぁっ!?」



自分を捕まえようとしてきたオークにコオリは咄嗟に後ろに仰け反って攻撃を躱したが、尻餅を着いてしまう。オークは愕然と自分を見上げるコオリを見下ろし、牙を剥きだしにした。



(な、何で……どうして魔法が出ないんだ!!俺は魔法使いじゃなかったのか!?)



魔法を使えれば目の前の怪物を倒せるはずなのにとコオリは考えるが、現実には彼は魔法を使えない。その理由は彼は魔術師であってもをまだに身に着けていない。


魔術師が魔法を扱うには呪文を唱えるだけでは不可能であり、魔法を構成する力の源を操らなければならない。しかし、まだ魔法学園にも通っておらず、魔法に関する専門知識もないコオリでは到底魔法を扱う事はできない。



(嫌だ、死にたくない!!逃げなきゃ……逃げろ!!)



迫りくるオークに対してコオリは股間を濡らしながら後退るが、運が悪い事に先ほどまで隠れていた木にぶつかって逃げ場を失ってしまう。



「プギィイイイッ!!」

「うわぁあああっ!?」



オークは雄たけびを上げながら両手を伸ばした瞬間、自分が死ぬと思ったコオリは悲鳴を上げる。だが、彼の身体をオークが掴む寸前、森の中に突風が発生してオークの両腕に異変が起きた。



「プギャアアアアッ!?」

「えっ……!?」



コオリとオークの間に一陣の風が通り過ぎたかと思うと、コオリの身体を掴もうとしたオークの両腕に血飛沫が走り、まるで鋭い刃物か何かで切り裂かれたかのようにオークの両腕が地面に落ちた。


突如として両腕が切り落とされたオークの悲鳴が森中に響き渡り、何が起きているのかコオリには理解できなかった。しかし、鋼鉄の剣さえもへし折る程の硬度を誇るオークの腕が切り落とされた事は紛れもなく事実であり、コオリは先ほど遠すぎた突風を思い出す。



(今のはまさか……魔法!?)



咄嗟にコオリは突風が発生した方向に視線を向けると、そこには人影があった。そこには杖を構える何者かが存在し、暗くてよく見えないが背丈はコオリとそれほど変わらない人間が立っていた。



「き、君は!?」

「動くな、巻き添えを喰らうぞ」

「えっ!?」

「プギィイイイッ!!」



聞こえてきた声にコオリは驚き、その一方でオークの方は両腕を切り落とされた直後にも関わらず、唐突に現れた何者かに襲い掛かろうとした。



「プギャアアアッ!!」

「ふんっ……スラッシュ!!」

「うわっ!?」



少年が手にしていた杖を振り下ろすと、先端部分から突風が発生して先ほどオークの両腕を切り落とした時と同じように一陣の風が吹き溢れる。そして正面から突っ込んできたオークは今度は真っ二つにされた。


オークは悲鳴を上げる暇もなく、身体を左右に切り裂かれて地面に倒れ込む。その光景を見届けたコオリは唖然とするが、そんな彼の元に助けた人物が近寄る。



「き、君は……!?」

「…………」



コオリの前に現れたのは銀色の髪の毛が特徴的のであり、年齢はコオリと同じぐらいだと思われるが凛々しく整った顔立ちをしていた。よく見ると少年は白を基調とした服装であり、その手には絵本の魔法使いが扱う「杖」のような物を持っていた。



(杖?それにさっきの風は……まさか、この子も魔術師!?)



先ほど少年がオークの両腕や身体を真っ二つにした事を思い出したコオリは彼が「魔術師」であると知り、自分とそう変わらない年齢なのにあれほどの化物を倒した事に驚きを隠せない。その一方で少年の方はコオリを見下ろし、彼が持っている杖を見て目を見開く。



「その杖はまさか……」

「えっ?」

「……まあいい、死にたくないなら僕に付いてこい」

「あ、ちょっと!?」



歩き出した少年の後をコオリは慌てて追いかけ、彼が何者なのかは分からないが後に付いて行く。先ほどの少年がオークを切り刻む姿を見て彼は自分と同じ「魔術師」だと確信する。



(この子、俺と年齢はそう変わらなそうだけど魔法が使えるのか……そういえば絵本に出てくる魔法使いと同じ杖を持ってるな)



少年が持っている杖にコオリは視線を向け、今まで忘れていたが絵本の魔法使いも杖で魔法を使っていた事を思い出した。コオリは悔しさを押し殺して勇気を振り絞って少年に訊ねる。



「い、今のって……魔法?」

「……お前、大層な杖を持っている癖に魔法も知らないのか?」

「むっ……」



小馬鹿にしたような少年の態度にコオリは苛立つが、少年は振り返って自分の杖を見せつける。コオリはよくよく観察すると杖の表面には紋様のような物が刻まれており、そして先端の部分には緑色の水晶玉のような物が取り付けられていた。



「これは小杖ワンドだ。聞いたことぐらいはあるだろう」

「小杖?」

「……驚いたな、本当に何も知らないのか?魔術師が魔法を扱う際には主に杖を扱う、この小杖は初心者用の杖だ。尤も僕の小杖は特別製だがな」



自分の持っている小杖を少年は誇らしげに見せつけ、その態度は自分の道具を自慢する子供同然だった。しかし、コオリが気になったのは魔術師が魔法を扱う際に杖を使うという点であり、やはり魔法を扱うには杖がないといけないらしい。それならばどうして自分は魔法を使えなかったのかと不思議に思う。


辺境の地で暮らしていたコオリは魔術師の事をよく知らず、この機会を逃さずに少年に色々と話を聞く。彼の正体も気になったが、今は魔法の知識を少しでも知りたい彼は恥を忍んで少年に色々と話を聞く。

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