第4話 魔法の属性

「俺を助けてくれた時に使ってた魔法……あれは何?」

「風属性の魔法「スラッシュ」だ」

「風属性……?」

「……嘘だろう?魔法の属性さえも理解していないのか?」



風属性という単語にコオリは疑問を抱くと、少年は呆れた様子で説明してくれた。偏に魔法といっても様々な種類が存在し、先ほどオークを倒す時に少年が使用したのは「スラッシュ」と呼ばれる魔法だと説明する。



「魔法には様々な属性が存在する。風、火、水、雷、地、聖、闇の七つの属性だ」

「へ、へえっ……」

「だが、全ての魔術師が必ずしもすべての属性の魔法が扱えるわけじゃない。各属性の魔法の適性がなければ魔法の発現には至らない。僕の場合は風属性の適性があったから風の魔法が使えるんだ」



少年の説明を聞いてコオリは属性と相性の性質を理解し、全ての魔術師が少年のような風の魔法が扱えるわけではないと知った。しかし、その話が事実だとすればコオリは自分の属性を把握すらできていない。



「その属性はどうやって分かるの?」

「方法ならいくらでもある。一番手っ取り早い方法は水晶玉に触れるだけでいい。水晶の輝きによって自分に適した属性が判明する……本当にお前は何も知らないようだな」

「うっ……」



呆れ果てた様子で少年はコオリに振り返り、彼の言葉にコオリは何も言い返せない。自分が魔術師だと知ったコオリは魔法学園に入れば魔法の事を学べると思ったが、別に王都に辿り着く道中で魔法の事を調べる事もできたはずである。それなのに調べるのを怠ったのはコオリの不手際だった。


少年は口は悪いがコオリの質問に律儀に答えてくれる辺り、根は悪い人間ではないようだった。それにオークからコオリを救ったのも事実であるため、コオリは改めてお礼を言う。



「さっきは助けてくれてありがとう……言うのが遅れてごめん」

「気にするな、非力な民を守るのもおうぞ……いや、何でもない」

「おうぞ?」

「何でもないと言ったはずだぞ!!」



コオリは少年の口ぶりに疑問を抱いたが、少年は不機嫌そうに話を打ち切る。まだコオリは色々と聞きたいことはあったが、これ以上に彼の機嫌を損ねると置いて行かれるかもしれず、黙って後を付いていく。



(こいつ、口は悪いけど俺を助けてくれたり、色々と教えてくれるな。俺と大して年齢も変わらないのに凄い子だな)



恐らくコオリと少年の年齢は同い年ぐらいだと思われるが、オークを相手にした時に何もできなかったコオリと、オークを魔法で打ち倒した少年には同じ魔術師でも実力差があった。


少年と比べるとコオリは自分の事が情けなく思い、彼の言う通りに自分はただの「臆病者」だと落ち込んでしまう。そんなコオリの様子に気付かずに少年は黙々と歩いていたが、不意に彼は足を止める。



「どうしたの?」

「……いや、なんでもない」



急に立ち止まった少年にコオリは不思議に思うと、少年は周囲を見渡した後に再び歩き始める。その行為にコオリは疑問を抱くが、この数分後にコオリ達は思いもよらぬ物を発見した。



「ねえ……もしかして道に迷ってない?」

「…………」

「これ、さっき倒したオークだよね……」



コオリと少年の前には地面に倒れたオークの死骸が横たわり、間違いなく先ほど少年が魔法で倒したオークで間違いない。両腕が切断され、左右に身体を切り裂かれているので見間違えるはずがなく、二人は歩き回った末に元の場所に戻ってしまう。



「ねえ、もしかしてだけど……」

「……道を間違えただけだ。こっちだ、付いてこい」

「そっちは今来た道だけど……」

「…………」



誤魔化すように少年は再び歩こうとしたが、コオリは先ほど自分達が歩いて来た方向に戻ろうとする彼を止める。流石に今度は誤魔化す事はできず、少年は黙り込んでしまう。



「もしかしてそっちも迷子だったの?」

「ち、違う!!お前と一緒にするな!!」

「道に迷ってたんなら正直に言えばいいのに……」

「己!!僕を侮辱……!?」



少年は言葉を言い終える前にコオリの背後を見て目を見開き、彼は小杖を取り出して構えた。自分の言葉に怒って少年が魔法をけしかけて来るのかとコオリは驚いたが、すぐに少年の狙いが自分ではない事を知る。



「頭を下げろ!!」

「わあっ!?」

「ガアアッ!!」



怒鳴られたコオリは反射的に頭を抱えて伏せると、コオリの後方の茂みから灰色の毛皮で覆われた狼が姿を現す。少年は狼に向けて小杖を構え、先ほどオークを倒した時と同じく魔法を放つ。



「スラッシュ!!」

「ギャインッ!?」

「うわっ!?」



コオリの頭上に先ほどのように「三日月」のような形をした風の刃が通り抜け、背後からコオリに襲い掛かろうとした狼に衝突する。狼は吹き飛ばされて地面に倒れ込み、その光景を確認した少年は舌打ちを行う。


先ほどは鋼鉄以上の硬度を誇るオークの肉体を切り裂いた少年の魔法だったが、何故か狼は吹き飛ばされた程度で大きな怪我は負っておらず、ふらつきながらも立ち上がる。



「グルルルルッ……!!」

「き、効いていない!?どうして!?」

「ファングか……くそっ、持ちの魔獣か」

「た、耐性!?」



少年の言葉にコオリは戸惑い、一方で少年の方は小杖を握りしめて冷や汗を流す。その一方で彼に「ファング」と呼ばれた灰色の毛皮の狼は雄たけびを上げる。



「ウォオオオオンッ!!」

「くそっ、逃げるぞ!!」

「うわっ!?」



少年はファングが鳴き声を上げたのを見てコオリの腕を掴み、森の中を駆け抜ける。逃げ出した二人に対してファングはすぐに追いかけず、鳴き声を森中に響き渡らせる。



「ど、どうして逃げるんだよ!?さっきみたいに魔法で倒せば……」

「お前を助けるためにもう三回も魔法を使ったんだぞ!!魔法は無限に生み出せる力じゃない、これ以上には無駄にできない!!」

「ま、魔力!?」

「説明している暇はない!!くそっ、よりにもよってファングがこの森に住んでいるなんて……早く走れ!!すぐに仲間を引き連れて追いかけてくるぞ!!」



コオリの腕を掴んだまま少年は走り続け、一度だけ後方の様子を確認する。先ほどまで聞こえていたファングの鳴き声が聞こえなくなり、その代わりに大量の狼の足音が鳴り響く。



「はあっ、はあっ……!!」

「おい、止まるな走れ!!死にたくなかったら足を止めるな!!」



既にコオリは体力を使い切っていたが、少年はここで立ち止まればファングの群れの餌食になると警告する。だからコオリは必死に足を動かして少年の後を追う。


しばらくの間は森の中を駆け抜けていたが、やがて複数の足音と鳴き声があちこちから響き渡り、完全に囲まれてしまう。



「ガアアッ!!」

「うわぁっ!?」

「避けろ!!」



前方からも現れたファングにコオリは驚くが、少年の言葉を聞いて咄嗟に横に飛びのく。二人が左右に分かれると正面から突っ込んできたファングが通り過ぎ、それを見て少年は小杖を構える。



「ガウッ!?」

「失せろ!!スラッシュ!!」

「うわっ!?」



少年は先ほどオークを倒した魔法を発動させるが、最初にオークを倒した時と違って風の刃は規模が小さく、移動速度も落ちていた。それでもファングに当てる事には成功したが、今回は吹き飛ばされずに踏み止まる。



「ギャインッ!?」

「き、効いていない!?」

「くそっ……やはり、風属性の魔法は効果は薄いか」



オークの肉体を切断する程の威力を誇る魔法でもファングには有効打とはならず、致命傷どころか掠り傷程度の怪我も負わせられない。その様子を見て少年は悔しそうな表情を浮かべるが、コオリは前方を見て声を上げた。



「あ、見て!!森の外に出られるよ!!」

「なにっ!?なら早く出ろ!!」



どうやら逃げている間に二人とも何時の間にか森の外に辿り着いたらしく、二人は森を抜け出すと彼等を追って数匹のファングが後を追う。


森を抜けられた事は運が良かったが、周囲は広大な草原が広がっているだけで人の姿はなく、コオリと少年は背中合わせの状態でファングの群れと向き合う。少年は舌打ちし、コオリは怯えた表情を浮かべる。



「と、取り囲まれた……」

「はあっ、はあっ……くそっ、ここまでか」

『グルルルッ……!!』



ファングの群れはコオリと少年を取り囲み、ゆっくりと距離を詰めていく。すぐに襲い掛かって来ないのは少年の魔法を警戒しているらしく、彼が手にした小杖を構えるとファング達は警戒したように身構える。



(こいつら魔法を警戒しているのか?けど、さっき当たった奴等は怪我一つ負っていない。そういえば風耐性とか言ってたけど……)



先ほど少年はファングに対して二回も魔法で攻撃を仕掛け、どちらの攻撃も致命傷には至らなかった。こんな状況にも関わらずにコオリは「風耐性」と呟いた少年の言葉を思い出す。



(風耐性というのは風属性の魔法に耐えれる耐性があると考えた方がよさそうだな。けど、警戒して襲ってない様子を見る限りだと全く効かないわけじゃないのか)



これまでの少年の言葉を思い出してコオリは情報を整理し、自分達を取り囲んだ狼の群れは只の狼ではなく、ファングと呼ばれる「魔物」だと再認識する。そしてファングという魔物は「風耐性」と呼ばれる能力を身に着けている。


鋼鉄以上の硬度を誇るオークの肉体を切り裂いた少年の魔法を受けてもファングを怯ませる程度しか効果を与えられず、それでもファングに警戒心を抱かせるほどの威力はあるとコオリは判断した。




――この時のコオリの勘は冴えわたっており、彼の考えた通りに「風耐性」とは「風属性の魔法に対する耐性」という能力だった。この風耐性を身に着けている魔物は風属性の魔法を殆ど受け付けず、いくらオークを一撃で倒す程の威力の魔法だろうとファングには殆ど通じない。




状況を把握したコオリは少年が他の属性の魔法を使えば倒せるのではないかと考えた。しかし、素人のコオリが思いついた事を少年が思いつかないはずがなく、彼が他の魔法を使おうとしないのは彼が事を意味していた。


最初に少年が魔法の説明をした時、彼は自分が「風属性の適性」があると告げた。しかし、その他の属性を身に着けているという話はしておらず、先ほどから少年が風属性の魔法しか使わない事から考えても彼は他の属性の魔法を使えない事を証明していた。

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