第2話 魔物

――王都へ辿り着くまでの間はコオリは約束通りに商人の「カイ」の仕事を手伝い、彼の元で働いている人間達と一緒に働きながらも色々と教えてもらう。



「王都はどんな場所なんですか?」

「そうだな、とにかくとんでもなく人が多い場所だ。俺も最初に来た時は祭りでもあっているのかと勘違いしたぐらいに人がにぎわってるんだ」

「王様の住む都なだけはあって他の街や村と比べてもデカい建物が多いぞ」

「お城も凄く立派で初めて見る時は本当に驚くぞ」



仕事の合間にコオリは商団の護衛を行う傭兵達から色々と話を聞き、彼等によると王都はこれまでコオリが訪れた村や街とは比べ物にならない程に凄い場所だと語る。話を聞けば聞くほど期待感が高まり、魔法学園の生徒として王都に暮らせる事に嬉しくも思う。



(魔法学園か……いったい、どんな場所だろうな)



旅に出たばかりの頃はコオリも不安はあったが、商団の人間や護衛の傭兵達は優しい人ばかりであり、若者のコオリを気遣って色々と教えてくれる。王都に到着すればこんなに優しくしてくれる人たちと別れる事にコオリは少しだけ寂しく思った――






――商団が王都に向けて出発してから半月ほど経過した頃、商団の馬車は森の中を移動していた。普段は明るい時間帯に移動するのだが、何故か今回に限っては夜の間に移動を行う。


どうして視界が悪い時間帯に馬車を動かすのかとは疑コオリ問を抱くが、移動の際中は出来る限り音を立てないように全員が注意する。今夜のうちに森を通り抜けなければならないらしく、御者は緊張した面持ちで周囲の様子を伺う。



(……なんでこんな夜中に移動するんだ?いつもは暗いうちに移動するのは危険だから夜営するのに)



馬車の中でコオリは毛布にくるまりながら不思議に思い、商人達が夜の間に森を抜けようとしている事に疑問を抱く。いつもならば優しい傭兵達も森に入った途端に緊張感と警戒を高め、とても話しかけられる雰囲気ではない。



「おい、様子はどうだ?」

「今の所は順調だ。このまま何事もなく通り過ぎればいいんだが……」

「そうだな。だが、警戒だけは怠るなよ」



傭兵達の会話が聞こえたコオリは疑問を抱き、彼等はに警戒している様子だった。



(……何をそんなに怖がっているんだ?)



コオリは毛布にくるまった状態でも外の様子が気になって眠りに付けず、大人達の会話を盗み聞きする。すると、急に馬車が停止して御者が悲鳴を上げた。



「ひぃいいいっ!?で、出たぁっ!?」

「ちぃっ!?」

「馬鹿野郎、大声を上げるな!!」

「もう遅い!!行くぞ、お前等!!」

「えっ……!?」



御者の悲鳴を耳にした傭兵達は即座に外へ飛び出し、慌ててコオリも何が起きたのかを確認するために外の様子を確認した。




――プギィイイイイッ!!




一番前を走っていた馬車の方から豚や猪のような鳴き声が響き渡り、それを耳にしたコオリは身体が震え上がる。得体の知れない恐怖を感じながらも外の様子が気になった彼は勇気を出して外に飛び出す。



「プギィイッ……!!」

「ひいいっ!?た、助けて……ぎゃああっ!?」

「や、止めろ!!」

「馬鹿、近づくな!!もう手遅れだ!!」



馬車の外に出た途端、コオリの視界に異様な光景が映し出された。が傭兵の一人を捕まえ、無惨にも頭から噛み千切る。それを見てコオリは悲鳴をあげそうになるが何とか口を塞いで抑える。



(ば、化物!?いや、待てよ……こいつ、孤児院で読んだ絵本に出てくるにそっくりだ!!)



猪の頭部に全身に毛皮を生やし、それでいながら人間のような手足と二足歩行の生物の姿を見てコオリは唖然とする。こんな恐ろしい生物を直で見たのは初めてだが、その存在はコオリが小さい頃に読んだ絵本から知っていた。


この生物の正体は「魔物」と呼ばれ、動物や人間とは異質な進化を遂げた生物だった。豚や猪と人間が合わさったような生き物の名前は絵本では「オーク」と記され、コオリは生まれて初めて魔物という存在を目にした。



(やっぱり間違いない!!あの絵本に出ていた魔物とそっくりだ!!でも、本当にこんな化物が存在するなんて……)



コオリが暮らしていた地域には魔物の類は生息しておらず、だからこそ生まれて初めて魔物を目にしたコオリは恐怖のあまりに動けず、今にも失禁してしまいそうだった。しかし、商団の護衛として雇われた傭兵達は武器を構えるとオークを取り囲む。



「お、怯えるんじゃねえっ!!これだけの数がいればオークの一匹ぐらいぶっ殺せるだろ!!」

「だ、だけど俺達の武器は……」

「いいから行くぞ!!俺に続け!!」



傭兵の一人が腰に差した鋼鉄製の長剣ロングソードを抜き、仲間の死体に喰らいつくオークに向かって刃を振りかざす。



「うおおおっ!!」

「プギィッ!?」



オークは自分に迫る傭兵に対して驚いた表情を浮かべるが、即座に喰らいついていた死体を放り出し、振り下ろされた刃を片腕で受け止めた。その結果、オークの腕に刃が食い込むが、攻撃を仕掛けた傭兵の頭の方が腕が痺れてしまう。



「プギィッ!!」

「うわぁっ!?」

「か、頭!?」



オークが腕を振り払うと傭兵が手にしていた長剣が弾き返され、鋼鉄製の刃が呆気なく折れてしまう。攻撃を正面から受けたはずのオークは掠り傷程度の損傷しか受けておらず、それを見た他の人間は騒ぎ出す。



「やっぱり駄目だ!!魔物を倒すにはじゃないと無理なんだ!!」

「そ、それなら火だ!!火で追い払おうっ!!」

「馬鹿野郎!!魔物は動物なんかと違って火なんか怖がらねえよ!!」

「じゃあ、どうすれば……うわぁあああっ!?」

「プギィイイイッ!!」



オークは自分に切りかかった傭兵の頭を掴むと、軽々と片腕で持ち上げる。傭兵の中でも一番大柄で体重が重いはずの人間をオークは楽々と持ち上げ、力ずくで投げ飛ばす。


凄まじい力で投げ飛ばされた傭兵は近くに生えていた樹木に叩き付けられ、衝突の際に樹木がへし折れてしまい、地面に倒れた傭兵は血塗れと化す。



「がはぁっ……!?」

「ひいいっ!?」

「に、逃げろぉっ!!」

「早く馬車に乗れ!!」



二人目の傭兵が殺された事で他の者たちは混乱パニックを引き起こし、その様子を見ていたコオリも逃げようとしたが、恐怖のあまりに身体が震えるだけで上手く動けない。



(何してんだ!!早く動け……殺されるぞ!?)



頭では理解していても身体が言う事を聞かず、その間にもオークは逃げ惑う傭兵達に次々と襲い掛かる。外見に見合わずに素早い動きでオークは逃走する人間を次々と捕まえて蹂躙する。



「プギャアアアッ!!」

「うぎゃあああっ!?」

「た、助け……ぐああっ!?」

「頼む、誰か!!助けてくれぇっ!!」

「っ……!?」



次々と殺されていく人間の悲鳴を耳にしてコオリは震える事しかできず、ここまでの道中で親しくなった人たちが次々と殺されていく。しかも殺されているのは傭兵だけではなく、馬車に隠れていた商団の人間の声も含まれていた。



「も、もう駄目です!!逃げましょう、ここに居たら殺されますよ!?」

「馬鹿を言うな!!この馬車の積荷を王都に送り届けなければ商会は終わりだぞ!?」

「そんな事を言っている場合ですか!!ほら、行きますよ!!」

「くっ……仕方ない、馬を出せ!!」

「……えっ?」



コオリが身を隠していた馬車にはどうやらカイも乗っていたらしく、傭兵達が襲われている間にカイは馬を出してしまう。慌ててコオリは馬車に乗り込もうとしたが間に合わず、そのまま置いていかれてしまう。


今まで身を隠していた馬車が先に逝ってしまったせいでコオリの姿が露となり、運の悪い事にオークは最後の傭兵を食い殺す。自分に歯向かった傭兵を皆殺しにしたオークが次に標的として定めたのは、当然ながら姿を現したコオリになるのは必然だった。



「プギィイイイッ!!」

「う、うわぁあああっ!?」



自分の存在に気付いたオークに対してコオリは森の中に逃げ込み、木々を上手く利用してオークから逃れようとした。彼にとって幸運だったのはオークの背丈が二メートルを超え、体格も肥え太っていたお陰で木々を潜り抜けながらの移動は不得手だったらしく、コオリに追いつく事はできなかった。



「プギィイイッ……!?」

「はあっ、はあっ、はあっ……!!」



必死に森の中をコオリは駆け抜け、オークの声がどんどんと小さくなっていく。運が良い事にコオリの住んでいた街の近くにも森が存在し、小さい頃は他の子供達とよくコオリは森の中で遊んでいた事から森の中を移動する事は慣れていた。



(走れ、走れ、走れ!!足を止めるな!!)



自分自身を叱咤しながらコオリは走り続け、遂にオークを振り切る事に成功する。彼はオークの姿が見えなくなるまで逃げ続けた。

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