6月14日(金)

━━━━━━夜



季節が夏へ向かうにつれて、いつの間にか日脚がうんと長くなっていた。

壁に立てかけてある色あせたカレンダーに目をやると、今年の夏至はちょうど1週間後に迫っている。

それでもすっかり日が暮れて、あたりがどっと暗くなった頃。

店前に据え置かれた棚の上から、まばらに売れ残った雑誌を店の中へと運び込む。


ほとんどがその日の開店と同じくらいに並べられたゴシップ誌。もともとそれほど数も置いてないから、閉店前にはほぼほぼ残っていなかった。

片手で抱えられるくらいのそれらを、入り口から入ってすぐの本棚に並べ直して、軽くあたりを整えたら、その日の仕事は終わりだ。


蛍光灯の光が眩しいようで、この時間の光量にしては少し心許ない。


どこぞのゲームで見かけたような、ダークオークみたいな色のエプロンを外して、それを丁寧に丸めてから、手さげの中に押し込んだ。

全ての準備が整った後、店主のおばちゃんに軽く挨拶をして、改めて店の外へ出た。ネオンブルーのポロシャツに、花柄の丈の長いエプロンを付けたおばちゃんは、くるくるのパーマのかけられた髪を揺らして、「おつかれさまでした」と人の良さそうさ笑みを返してくれる。


まだ昼間の熱が残っているのか、地面のアスファルトがぼんやりと蒸し暑い。

ここから家までの帰路を思うと、思わず「しいど…」と声が漏れ出る。


こんな寂れた商店街でも、街の明るさにかき消されて、夜空には星の一つも見えやしない。


喉渇いた、と思いながら、今しがた出てきた古本屋の光を頼りに手さげからスマホを取り出す。指先で画面を叩いて時間を確認してみると、今日はいつもより少し早く仕事が終わったようだった。


ロック画面にはいくつもの通知が表示されている。

大した内容でもないとわかっていながらも、半ば習慣のようになっているそれの確認は欠かさない。




◇【ドラックストアの割引クーポン券】を配布————興味ない。削除。


◇《新刊》発売日決定のお知らせ————あとで確認しよう。削除。


◇[新規フォロワー -oniremonさんがあなたをフォローしました-]————これもあとで。削除。


◇[O'scord]新規メッセージ - 16件———…削除。


————削除。削除。削除。削除。


————…あっ。




思った通り、どうでもいいものばかり。そんなことを考えながら、積み重ねられた本のようになっているそれらを片付けていると、画面の端から流れてきた一通の通知が目に留まる。それは普段、連絡用に使っているチャットアプリを経由して、メッセージの着信を知らせるものだった。


差出人は先輩のようだ。


一瞬だけ、スマホを滑る指が動きを止めていたかもしれない。


いつからだったか。中学の頃にはお互い自然と知り合っていて、いつの間にか雑談をするくらいの仲になっていた。それからは何かと絡みがあったが、高校に上がってからはそれまで以上に目をかけてくれている。


同年代というには少し年が離れている気もするが、年の近い人の中では数少ない話し相手の1人だ。たまにふらっと家へ遊びに来たりもするし、ここ最近ではほぼ毎日メッセージのやりとりをしていた。


だけど、そのことが少し心配だったりもする。


先ほどからそれほど時間も経っていないだろうが、夢中になっていたのか、気が付いたらお店のシャッターを下ろしにきた店主のおばちゃんが後ろに立っていた。

なんとなく少し気まずくなって、もう一度軽く挨拶を交わしてから、そそくさと店を後にする。






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(-画像を共有しました-)

【先輩】「おつかれ!」

【先輩】「明日はこれ↑で行くつもりだから、10時前くらいに駅でいいか?」


【先輩】「あっ、悪い…バイト中か?」


『バイト終わったっす!』

『明日10時に駅でOKっすよ』

『楽しみにしてるっす!』


【先輩】「悪いな!変な時間にメッセージした汗」


『全然気にしないでくださっす!』

『先パイのメッセージ見て元気出たっすよ』


【先輩】「そうかよ笑…ならよかったわ!」

【先輩】「にしてもよくバイト頑張ってるな!」


『ありがとうございます、先パイ!』

『なんとか頑張ってるっす』

『ぶっちゃけキツいっすけど…』


【先輩】「なら、なおさら偉いな!笑…ちょっと前には考えられん笑」

【先輩】「バイトやれて偉い!」


『先パイ、ありがとうございます…素直に嬉しいっす』

『頑張ってるって言われると励みになるっす』

『これからも適度に頑張るっす!』


【先輩】「おう!がんばれよ~笑」

【先輩】「困ったことがあればいつでも言ってくれ~!」


『先パイ…ほんとに優しいっすね』

『じゃあ疲れた時とか、話を聞いてくれると嬉しいっす』

『ちょっと甘えていいっすか?w』


【先輩】「笑…大歓迎だ~笑、いつでも甘えてくれ~笑」


『さすがは先パイっすねw』

『なんか色々話したいこともあるんで』

『明日ゆっくり話しましょ!』


【先輩】「はいよ~!飯でも食いながら話そうや!」

【先輩】「今更だけど、なんかリクエストはあるか~?」

【先輩】「奢りだから好きなの言ってくれ~笑」


『ありがとうっす!』

『特にリクエストとかないんで、先輩のセンスに任せます』

『楽しみにしてるっすよ!』


【先輩】「あんまり期待はするなよ?汗」


『うけるwでも、先パイが選んでくれたところならどこでも嬉しいっすよ』

『楽しみにしてるんで、任せたっす!』

『明日は何か持っていくものとかあるっすか?』


【先輩】「うーん…特にはないかな~」

【先輩】「あーでも、一応、明日はこの前アドバイスしてくれたデニムで行くつまりだ~」

【先輩】「ほんと久しぶりに履くよ笑」


『アドバイス約に立ってよかったっす』

『デニム姿、ぜったい似合うと思うっす!』

『久しぶりに履くの楽しみじゃないっすか?』


【先輩】「おう!なんならありさもデニムでそろえるか?笑」

【先輩】「あと他にもなにかアドバイスある?笑」


『全然いいっすよ!』

『例えば、上に合わせるトップスは白のブラウスとかどうっすか?白のブラウス持ってないなら、他にもシンプルなトップスとかいいと思いますよ』

『じゃあ明日はデニムで揃えるっすね』


【先輩】「おけ!…ブラウスは持ってないから、シンプルに白のトップスかな」


『いいんじゃないっすか!似合うと思うっすよ』

『ちなみに先パイは、デニムだったらショーバンとスキニーどっちがいいっすか?』


【先輩】「ショーパン」

【先輩】「…てかスキニージーンズがどういうのかわからん汗」

【先輩】「まあ…ともかくありがとうな!やっぱ寝る前にありさに相談できてよかっわ!笑」


『それ、うれしいっす!』

『どんな相談でもいつでも待ってるっすよ』


【先輩】「ほんとありがとな涙…じゃあそろそろ寝るわ!」

【先輩】「おやすみ!また明日!」


『おやすみなさい、先パイ』

『また明日っすね』



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メッセージを送信してから何歩か歩いたところで、何か硬い物につまずいて前のめりになる。

少し足元が浮かれていたかなと思いながら、無実の石ころを蹴っ飛ばした。


いつもは外にでるのが少しだるいのだが、明日はちょっぴり楽しみだ。


何を着ていこうかな、そんなことばかりを考える。


先輩が思っているデニムは、恐らく普通のジーンズだろう。合わせるならスキニーあたりがいいだろうか。ペアルックのようにするのも悪くない。

でも、明日は暑くなるだろうし、やっぱりショーパンの方がいいだろうか。

トップスは何を合わせようか。

靴はなにを履いていこうか。


なんだか気分が乗ってきた。

今日はあれこれ見てから寝よう。うん。そうしよう。


そっと心の中で決めてから、何気なく夜空を見上げてみる。

そこには街の明るさにも負けない、すこし遅めの一番星がきらめいていた。


「明日はうんといいお天気になりますように…!」


静かに、うんと静かにそうつぶやいて、家への帰路を急ぐのだった。



-終-

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