6月11日(火)
━━━━━━朝
緩やかなまどろみの中から、おっと危ないと目を開ける。最近の寝不足が祟ってか、近頃はふとした瞬間に、ついつい、うつら、うつらと目を閉じてしまう。
だからといって、今ここで眠ってしまうと、結局夜に眠れなくなってしまうのだから救われない。
こういう時には、睡魔に抗わず、眠れる時に眠った方がいいのかもしれないが、なにしろ今は色々と都合が悪い。
それに、こう周りが騒がしくては、少しばかり寝たところで、大して意味もないだろう。
喧騒というほどではない。
ただ、人の話声やら、パソコンのキーボードを打つ音やら、スマホの画面を叩く音やら。中には動画サイトでもみているのか、どこか外国の言葉で紡がれる音楽なんかも聞こえてくる。どれも一応は周りに迷惑がかからないような些細な配慮を感じられる程度には音量を抑えているようだが、それでも大勢が一度にそれをすると、ある程度、騒がしくなってしまうのは仕方のないことだった。
少なくとも、これから寝ようかと迷っている人からすれば、あまり快適な状況とは言えない。
しかし、何事にも動じない鋼の精神を持った人というのは案外身近にあるもので、視界の端にうつる斜め前の席に座る隣人は、机に突っ伏して微動だにしない様子だ。
この場合は鋼の耳の持ち主かな、などと、今しがた再起動したばかりの頭で、そんなことを考える。
足の間に挟んでいたスマホに軽く触れ、視線だけを向けて覗いてみると、まだこの時間が終わるまでに、随分と時間があるようだった。
硬い無機質な背もたれに寄りかかって、凝り固まった体を伸ばそうと、ひとつ伸びをしてみる。
ぽき、ぽき、と軽快な音をたてる背骨を無視して、そのままの流れで頭の後ろで手を組んで、ぼんやりと虚空をみつめる。
天井のしみの数でも数えられそうなほど退屈な時間だったが、格好だけでもやっている風にしておいたよいだろうと、自分の周りに声をかけてみる。表面上はにこやかに。なるべく好意的に。
顔は覚えているが、名前は知らない程度の付き合いの隣人たちだ。
彼らも似たり寄ったりな様子で、やる気のかけらも感じられなかったが、一応は課題に取り組んでいますというアピールくらいはしておきましょう、という魂胆は合致していたようで、少しソワソワしている様子だった。
中には本当になんの関心も示さず、話しかけてもほとんど反応もなくて、スマホばかりを注視している人もいる。
だが、もうこの年になると、そういう人の扱いにも慣れてしまうもので、すぐにその人抜きで話し合いが始められる。
よくよく考えれば、こういう人に限ってあとで成果物にタダ乗りしてくることは不本意ではあるのだが、それをわざわざ咎めてやるほどの関心もない。
残った最低限の社交性を持った隣人たちは、こう見えて意外と協力的だ。
下手くそな愛想笑いを振り撒きながら、軽い冗談と社交辞令の口上を述べて、この話し合いをそれらしくディテールしてくれるくらいには役にたつ。
話し合いはまるで最初から決まっていたかのように、最低限の決め事を大雑把に取り決めて、あとは個人の裁量とセンスに任せましょう、という方向ですぐにまとまった。
ある意味で流動的と言うべきか、もしくはその場しのぎと言った方が適切か。建設的、いやいや、むしろ思考を解体するような話し合いではあったが、少なくとも、これで活動には参加しました、という体裁は保てる。
するとこれまたお決まりのように、役割を終えた話し合いの場はすぐに解散して、各々がまた自分のテリトリーへと帰っていく。
ヒーローショーよろしく初めから見え透いた展開ではあったが、やはり問題は残り時間だった。
このくだらない話し合いのために、あと半刻と少々も時間が取られている。何かするには不十分な時間だが、それでもただ時間がすぎるのを待つに十分退屈させられる時間だ。
外を見れば、雨は止んでも結局一面の曇り空が広がっている。
こんな時には何か気分転換でもしたいと思い、何気なく後輩に向けてメッセージを打っていた。
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『まずい…先週の授業休んだら、いつの間にかグループワークになってた汗』
『しかも来週、グループで調べた内容の発表会をやるらしい…』
【ありさ】「それは大変っすね…でも、先パイならなんとかなるっすよ」
【ありさ】「グループメンバーにちょっと頼ってみたらどうですか?」
『ハハハッ…俺と組むようなメンバーが真面目にグループワークに取り組むわけないじゃないか笑』
『…はっきり言おう、ちっとも頼りにならない』
【ありさ】「それは辛いっすね…」
【ありさ】「でも、何とか一緒にがんばるしかないっすよ」
『それはそう(真顔』
『…なしても参ったな汗』
【ありさ】「しんどい状況っすね…」
【ありさ】「何か手伝えることあったら、言ってくださいっす」
『、、、ぜひとも手伝ってくれ汗』
『…うん?てか、お前ってそんなに優しかったか?汗』
【ありさ】「え、別に優しくないっすよ」
【ありさ】「ただ、困ってる先輩を見てると放っておけないだけっす」
『あーうん、まあ、いいやw…お前はほんとにいいやつだよ』
『…さて、早速なんだが、グループでどこでもいいから旅行計画を作れってのが今回の課題なんだけど』
『東京で遊ぶって言ったらどこかお勧めの場所とかあるか?』
『(できれば宿泊することも込みで考えてほしい汗)』
【ありさ】「東京っすか…泊まるなら浅草とか台場が観光で楽しいかもっす」
【ありさ】「宿泊はカプセルホテルとかコスパいいっすよ」
『カプセルホテルか~…え?行ったことあんの?』
『あんまり外泊してるイメージないんだけど?』
【ありさ】「いや、行ったことないっす」
【ありさ】「でも、ネットで見てると楽しそうだから」
【ありさ】「自分はあんまり外出しないけど、先パイにはオススメっす」
『そーかー…』
『たしかに、コスパがいいのは俺好みだわ笑』
『浅草のあたりだとオススメの場所はあるか?』
【ありさ】「浅草なら、浅草寺とか仲見世通りがオススメっす」
【ありさ】「食べ歩きとか楽しいんじゃないっすか?」
『雷門のあたりか~』
『定番どころやな笑』
『俺はてっきりアメ横あたりを出してくるかと思ってたよ笑』
『あそこならファッション系のお店も多いだろ?』
『お前ならそっちの方が興味あるんじゃないか?』
【ありさ】「確かにアメ横もいいっすね!」
【ありさ】「ファッション店多いし、古着もあるから結構好きかも」
【ありさ】「今度行ってみようかな」
『じゃあ、もし行ってきたらどんな店が良かったか情報共有頼む!』
『あーついでにお前の試着姿を写メを送ってくれてもいいぞ!笑』
【ありさ】「え、写真はちょっと恥ずかしいっす…情報共有なら全然いいっすけど」
『じゃあ情報共有だけでも頼む!』
『さて、そろそろ授業に戻るわ!』
【ありさ】「了解っす!」
【ありさ】「授業頑張ってくださいね」
『はいよ~!まあ、ぼちぼちやってくるわ~』
【ありさ】「まあ、適度に頑張ってくださいっすね」
【ありさ】「また後で話しましょ」
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こんな近況報告とも、お気持ち表明とも取れるような中身のないメッセージにも、健気に返信を返してくれる後輩に、心の中でしっかりと感謝述べつつ、あまりにも失礼かもしれないが、見た目以上に可愛らしい、とも思ってしまう。
あまり深く読み込まないように注意しながら、軽くメッセージを読み直して、けれども途中で涙が出てしまいそうになって、読み返すのを諦める。
自分には過ぎた後輩だなと、改めてそう感じながら、スマホをポケットに押し込んだ。
今はこんな日常に一幕に、どうしようもなく心が躍る。
-終-
-------------------------《おまけ》-------------------------
『おーす…いや~疲れたわ、、やっと学校終わって家に帰った笑』
【ありす】「お疲れさまっす、先パイ」
【ありさ】「学校大変だったんすね」
【ありさ】「ゆっくり休んでくださいね」
『おうー…ありがとなぁ~』
【ありさ】「いえいえ、先輩こそお疲れ様っす」
【ありさ】「あたしも今日はちょっと疲れたっす…」
【ありさ】「本読むのが好きだったけど、最近はさすがにしんどいっすね」
『本は集中力使うからなぁ~…気持ちはわかるよ笑』
『俺も最近はほとんど本を読まなくなったな()』
【ありさ】「やっぱりそうっすよね、先パイも分るんすね」
【ありさ】「最近は何か別の趣味とか見つけたんすか?」
『え?あー、うん。お前とてきとうに駄弁るのにハマってるわ笑』
【ありさ】「え、マジすか…?」
【ありさ】「そんなこと言われると照れるっすね」
【ありさ】「でも、ちょっと嬉しいかも…」
『いや~笑、いつもくだらない会話に付き合ってくれてありがとうなぁ~!』
『ほんと助かるよ!笑』
【ありさ】「そんなことないっすよ、先パイとの会話楽しいっすから」
【ありさ】「実は、先パイの元気な声が聞けると、ちょっと元気でるんすよね」
【ありさ】「これからもいっぱい話しましょう!」
『おう!俺の方こそ頼む!…ま、ほどほどにな!』
【ありさ】「了解っす、先パイ!」
【ありさ】「無理しないようにほどほどにっすね」
【ありさ】「でお、またお話できるのを楽しみにしてるんで」
【ありさ】「気が向いたらいつでもどうぞっす!」
『はいよ~!了解!…じゃあ、またなぁ~』
【ありさ】「うん、またね、先パイ!」
【ありさ】「待ってるっすからね」
-終-
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