第二章 神花祭
第二章一話 ごめんとありがとう
「………………おあ、よお……――」
朝日差し込む静かな空間の中で。
跳ねた出た寝癖を妹――ネーヴェに
サム……い。
朝は苦手だ――。
もっと、暖かいベッドの中で寝ていたい。
でも……
「――リィン、ちゃんと起きて。今日はシエルさんと一緒に西区画、探索するんだよ」
「…………にし、くか、く。――たん、さ、く……。しえる……さん。……………………おネエ、さん?」
ネーヴェの言葉に、朦朧としていた思考がゆっくりとだが覚醒していく。
そう言えば昨日、彼女と約束をしていた。
しかしそれは、彼女の気持ち次第であって……――
「――ネーヴェっ! おネエさん、行くって言ったの?!」
後ろをがばりと振り返り、ネーヴェへ勢いよく尋ねるリィン。
そんなリィンの問い掛けに対しネーヴェは、「うん」――と微笑みをもって答えると、まだ途中だったリィンの髪を梳るため、リィンの顔を前に向かせ言葉を続ける。
「だからちゃんと身だしなみ整えて、出掛ける準備、しようね――」
優しく紡がれるネーヴェのその言葉に頷き、前を向くリィン。そして、髪を梳ってもらい終えると、急いで身支度を始めるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――それで、ネーヴェ。おネエさんは?」
身支度を整い終え部屋を出たリィンが、隣に連れ立って歩くネーヴェにシエルの事をそっと尋ねる。
今、二人がいる場所はとある大衆食堂の二階の廊下――。
本来ならば普通に宿を取り、その宿の廊下を歩いていそうな二人なのだが
――というのも、実は
宝物である漆黒の懐中時計にて、《
悲しいかな。
カフェを後にし、道行く人々に宿の場所を尋ねてみるも、その時いた場所近辺に宿は無いと言われてしまい――。
しかも、仮にあったとしても基本満室――。
困惑するシエルの側で、リィンはネーヴェと共に途方に暮れてしまった。
そして、そんな時である。
途方に暮れる双子に声を掛け、部屋を貸してくれたのが今いる
その様に紆余曲折あり、今、《止まり木》と呼ばれる大衆食堂の二階居住スペースの廊下を歩くリィンは、昨日ネーヴェとシエルが泊めさせて貰っていた部屋の前を通過し、今だ姿の見えない彼女の居場所が気になりネーヴェに尋ねた次第である。
しかし――
「ふふっ。まあ、付いて来れば分かるよ、リィン」
鈴を転がすような声にてくすくすと微笑み、隣で歩を進めるネーヴェ。
そんな妹の姿に、これ以上問うても何も応えてはくれないな――、とシエルについて尋ねることをリィンはやめた。
開け放たれた窓から朝の暖かい日差しが入り込み、風がカーテンを優しく揺らす。
階下からは人々の活気溢れる声が聞こえ、そして、食欲唆るとても良い香りが廊下を歩く二人の元まで漂ってくる。
とても穏やかな、どこか静かな空間――。
そんな穏やかな、暖かい日差し入り込む廊下にてふと足を止め、隣を歩くネーヴェへとぎこちなくリィンは言葉を放った。
「……ごめん、ネーヴェ」
「?」
視線を下へ向け、唐突にネーヴェへと謝るリィン。
きっとこの後には、いつものネーヴェのあの言葉が返される。
この言葉が、自己満足だと言うことぐらい、自分でも分かっている。それでも、言葉にせずにはいられなくて……――
「……何か、悪い事でもしたの? リィン――」
朝陽に照らされる中――
酷く優しい微笑みを浮かべ、大切な妹が言葉を紡ぐ。
全てを言葉にせずとも自分達二人にはお互い、何を言いたいのかがよく解る。
伝わるし、伝わってくる――。
でも、だからこそとリィンは、優しいこの妹にちゃんと謝りたくて言葉の続きを紡ぐ。
「此処に、《セーレム》に来たのは、安心して暮らしていけるようにする為だった――。なのに、危険な問題に首を突っ込んだ。ネーヴェを危険な目に、遭わせるかも知れない……」
シエルを助けた事に後悔は、ない。
助けることの出来る命を、助けないという選択肢など、自分の中には無いから……。
でも、同時に。
自分の行動によって、大切な半身である
どこか矛盾している、自身の行動――
それに許しを請う為に紡ぐ、自身の言葉――
卑怯だと思っている。
解っても、いる。
ネーヴェがどう答えるか解っているくせに、自己満足の為にこの言葉をいつも口にしてしまう。
そんな自分が酷く、嫌いだ――。
(全部この後どうなるか解ってて言ってるんだから、ホント、最低だよな……)
ぐっと、己の拳を強く握りしめる。
このようなことをしても、何の罰にもならないことなど、解っているのに――。
俯き、拳を握り締め後悔することしか、出来ない――。
すると、ひどく直ぐ側に、ネーヴェの気配がした。
「……リィンの悪い癖だよ。何も怒ってなんかいないから――。ただ、一人で無茶だけは、絶対にしないで」
そっと。
強く握り締めていた拳を、ネーヴェに優しく包まれる。
ほら、この妹はいつだって優しい――。
そんな大切な妹だからこそ守りたいのに、いつも甘えてしまう。
「――シエルさんを助けられて、良かったね。彼女を助けてくれて、ありがとうね、リィン――。だからほら、行こ? シエルさんが待ってるよ」
握り締めていた拳の力を緩めると手が繋がれ、止まっていた足を手をひかれるままにまた動かす。
絶対にネーヴェを、シエルを、護ると新たに誓って――。
その後、誓いを新たにリィンはそのままネーヴェと手を繋ぎ、階下の
すると――
「おや! やっと目が覚めたのかい、坊や! おはよう!」
活気溢れる声を上げ、《止まり木》の女将ポプラが、リィンへ言葉を投げ掛けて来る。
店内は既に朝の食事にありつく客達で溢れ返っており、そこはまさに混雑の様相を呈していて――。
「おはよう、ポプラさん!」
投げ掛けられた言葉に朝の挨拶を返し、店内をぐるっと見回すリィン。
ポプラへの挨拶をそこそこに、ところで彼女は一体何処どろう――、と視線を巡らせシエルを探す。
しかし、彼女の姿はまだ見付からない。疑問符がリィンの頭にたくさん浮かぶ。
そして外だろうか――、と思っていると。ネーヴェに「リィン、こっち!」とさらに手を引かれ、ポプラの居るカウンター奥へと連れられると、リィンはそこで「あ……」と言葉を零した――。
数回ぱちぱちと瞬き、視線の先にいる人物を見詰めるリィン。
薄桃色の長い髪を、後頭部でまとめ束ねたアップスタイルの髪型。
標準の女性より少し身長の高いスラリとした身体に纏うのは、ふくらはぎまで長さのある右側に大きなスリットの入ったワンピースドレスと、その上に羽織った丈の短いジャケット。
スリットから覗くのは動きやすいようにだろうか。膝上丈のスパッツ姿。
清楚でいて活発な印象を受ける服装をしたシエルが、薄桃色の綺麗な唇をきゅっと結び、どこか落ち着かないといった風に金色の瞳を揺らし、此方を見詰めていた。
(……何か、昨日と違う)
確かに髪型は途中(断崖から飛び降りた時)まで今の様な感じであったと思うが、民族衣装的な服装だったような――、と首を傾げるリィン。
すると何も言葉を発せず、不躾にもしばし見詰めていたせいだろうか。シエルが少し慌てた様子で頬をほんり赤く染め、慌てて言葉を発して来た。
「お、おはよう御座いますリィンさんやっぱりこの服装変ですよね似合ってませんよねおのぼりさんに見えますよねそうですよねやっぱり駄目ですよね――ッ!」
会うなり見事なマシンガントークをするシエルに、ふはっ――と笑みを零すリィン。
やっぱり、面白いおネエさんだ――。
昨日の断崖での出来事を含め、改めてそう思ったリィンは満面の笑顔にて、彼女へ朝の挨拶を返す。
「おはよう、おネエさん――!」
すると何故か、リィンのその言葉に、表情に動きをピタリと止め、その後すっ――とカウンターのさらなる奥へと行きしゃがみ込んで隠れてしまうシエル。
そんな彼女の姿に一体なぜに――? と首を傾げ、隣にいるネーヴェへ視線だけで問い掛けるリィン。
「……リィン。朝の挨拶だけじゃなく……やっぱり、いい――」
ネーヴェには何故か、酷く呆れられ――。
そんな二人の様子に首を傾げ、女の子はよく分からない――とリィンは思った。
「――あっはっは! ちょ〜っと坊やには、女心が解りずらいか! ほら、出掛けるんだろ! 歩きながらでも食べられるの包んでるから、行っといで! ほおら、お嬢ちゃんもッ!」
三人のやり取りを他の客の相手をしながら見守っていたポプラが、声を飛ばしシエルに近付いては彼女の背を叩き立たせる。
ポプラの手には歩きながらでも食べられる朝食の入った包み。
それを今だほんの少し頬を赤く染め狼狽えるシエルへと手渡し、ほらほら行っといで――! と行くよう促すポプラ。
そんな、シエルの背を豪快に、そして優しく叩くポプラの横を通り過ぎ、リィンはシエルの元へ行くとその手をぎゅっ――と掴む。
そして――
「――行こう、おネエさん!」
笑顔で彼女の手を引き、シエルを外へと導いて行く。
上がる冷やかしの声と、生暖かい眼差しを向けてくる《止まり木》の客達――。
その合間を縫って行き、
「じゃあ、行ってきます――!」
そう元気よく出発の挨拶を発し、ネーヴェを連れ、シエルの手を引き、リィンは温かな日差し降り注ぐ外へと、二人と共に飛び出した。
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